医療法人の出資者の方々にとって、「持分あり医療法人」から「持分なし医療法人」への移行は、将来の医療事業の継続と安定のために避けて通れない重要な課題となっています。持分あり医療法人の場合、出資持分は相続税の対象となり、知らず知らずのうちに高額な相続税が課される状況になっていることも少なくありません。
本コラムでは、持分の概念から移行の実務手順、さらにはM&Aへの影響まで、包括的に解説します。
一口に「医療法人」と言っても、種類は様々です。まずは、ご自身の医療法人がどのような法人に該当するかをご確認ください。
「持分」とは、「定款の定めるところにより、出資額に応じて払戻しまたは残余財産の分配を受ける権利」を指します。この権利の有無によって医療法人は以下の二つに分類されます。
平成18年の医療法改正により、平成19年4月1日以降は持分あり医療法人の新規設立は認められなくなりました。ただし、改正前に設立された持分あり医療法人は「経過措置医療法人」として存続が認められています。令和6年3月時点で、医療法人社団は総数58,508件のうち、持分あり医療法人が36,393件(62%)、持分なし医療法人が22,115件(38%)となっています。
持分なし医療法人は出資者という概念がなく出資持分がないため、相続税および贈与税は発生しません。これは、平成19年4月に施行された第五次医療法改正により、医療法人の非営利性を徹底するための制度変更が行われたことによるものです。したがって、平成19年4月1日以降に設立された医療法人については、持分に関する課税リスクを考慮する必要はありません。
出典:厚生労働省|種類別医療法人数の年次推移(令和6年3月31日時点より)
持分あり医療法人の場合、以下のような課税リスクが存在します。
持分あり医療法人の場合、出資者のうち1名が持分を放棄した場合には他の出資者に贈与税が課されます。ここで言う「持分放棄」とは、医療法人自体が持分を放棄し特定医療法人や社会医療法人に移行するという意味ではありません。また、基金制度を採用した医療法人へ移行するという意味でもなく、単純に定款変更を行って1名の出資者だけが持分を手放すという意味です。
仮に1名が評価額2億円の持分を放棄した場合、残った出資者が2名であれば、それぞれに1億円ずつ贈与が行われたとみなされ、贈与税が課税されます。贈与税の支払いのために、財産の返還要求がされれば、医療法人の財務基盤が損なわれるリスクがあります。
出資者が亡くなった場合には、医療法人の持分が相続税の課税対象となります。株式会社であれば、剰余金の配当という形で株主へ利益を分配することが可能ですが、非営利目的で設立された医療法人においては配当行為が禁止されています(医療法 第54条 剰余金配当の禁止)。このため、法人設立後以降に積みあがった利益により出資持分の評価が想定以上に高額になっているケースが多くあります。
また、医療法人の持分は上場株式のように換金性のあるものではありませんので、いざ相続税納税となった際の資金確保が問題になる事もあります。相続人が納税資金を確保するため、医療法人に対して持分の払戻しを請求することで、医療法人の経営に重大な影響を与えかねません。
こうしたリスクを踏まえ、国は持分なし医療法人への移行を促進する制度を設けています。「移行計画認定制度」は、令和8年12月31日までに厚生労働大臣の認定を受けた医療法人に対して、以下の支援を提供します。
持分の払戻が生じた場合、福祉医療機構より最大2億5,000万円の資金貸付(経営安定化資金)を受けることができます。償還期間は10年(うち据置期間1年以内)です。
持分あり医療法人(経過措置医療法人)については贈与・相続の課税リスクがあることから、以下のような対策が有用と言えます。
法人の利益を圧縮する手法として、まず思い浮かぶのが役員報酬の増額や、役員退職金の支給でしょう。ただし、勤務実態に即さない過大な役員報酬は損金としては認められない可能性があるため、天井なしに増額できるわけではありません。これに加え、役員報酬として受け取る際に課税される所得税負担も勘案する必要があります。
同様に、役員退職金もどんな金額でも損金として認められるわけではありません。「退職する役員の最終報酬月額×勤務年数(法人設立後~)×功績倍率(3倍程度)」という功績倍率法の計算にもとづいた値を上回らないように支給すれば、適正な役員退職金額として認められやすいでしょう。
また、クリニックの修繕や必要な消耗品の購入等、その年度内に経費化する支出を行うことで、該当年度の利益を圧縮することが可能です。ただし修繕費のうち、もともとの資産の価値を高め、又は耐久性を増すこととなる支出については、資本的支出(=新たな固定資産の取得)に該当し経費化するには数年間の年数がかかることもあるため注意が必要です。
持分なし医療法人への移行において、「持分の放棄」は出資者の私有財産の放棄となるため、下記の手続きにより出資者全員の同意の有無について確認されることとなります。
持分なし医療法人への移行は、以下の手順で進めます。
医療法人のM&Aを検討する際、持分の有無は重要な要素となります。
持分なし医療法人のM&A事例は、まだ相対的に少数にとどまっています。その理由として、次の2点があげられます。
持分なし医療法人への移行によるメリットを、税額計算で具体的に見てみましょう。
このように、事前に持分なし医療法人へ移行を完了しておけば、相続税負担を大幅に軽減できることがわかります。
いかがでしたでしょうか。持分なし医療法人への移行は、財産権である持分を放棄する代わりに相続税の課税を免れ、かつ払戻しに対するリスクを回避できるため安定した経営を行うことができます。安定した医療供給のためにも、国は、持分なし医療法人への移行を促進していますが、持分という私有財産を失うこととなること、移行後6年間は認定要件をクリアし続けなければならないこと、「持分なし」へ移行すると「持分あり」へ後戻りすることはできない等がネックとなり、持分なし医療法人への移行は進んでいるとはいえません。
「持分なし」へ移行するか否かの判断は、持分を持つことのリスクや持分なし医療法人に移行することで受けられる特典(税制優遇措置、融資支援)、事業承継等、様々な視点で検討を行い、判断を下す必要があると考えます。
要点をまとめますと:
まずはご自身の医院がどの医療法人に該当するか、リスクがあるのかどうか、そして取りうる対策があるかを整理されることが重要です。
専門家への相談と十分な準備期間を確保し、計画的に移行を進めることが成功への鍵となります。
日本クレアス税理士法人 HP:https://j-creas.com/
執行役員/中川 義敬 税理士(近畿税理士会所属)
【経歴】
2007年税理士登録、
現在に至るまで、東証一部上場企業から中小企業・
医院の新規開業支援、会計税務、医業承継・相続対策など、