昨年、ある住宅型有料老人ホームで給料未払いを理由に職員が一斉退職したことにより、施設の運営が困難になり、入居者全員に退去を命じる事態が発生しました。突然の事態に、入居者やその家族は多大なショックを受け、他の施設への転居が急遽求められました。
このような事例は決して珍しいものではなく、介護施設の運営における財政難や人材不足が引き起こす問題として、今後ますます注目されるべき重要な課題となっています。
本コラムでは、介護施設が抱える課題とその背景、施設が閉鎖に追い込まれる原因、そしてM&A(合併・買収)を通じて施設の存続を図る可能性について考察します。
特に、M&Aが介護施設におけるサービスの継続性や職員の雇用に与える影響について、どのようなメリットがあるのかについて詳しく掘り下げていきます。
日本は急速に高齢化が進んでおり、今後ますます介護を必要とする高齢者の数が増え2040年には高齢化率が40%台に達し、3人に1人以上が高齢者になると予測されています。しかし、人口構造の変化により、介護を提供する側の人数が追いつかない状況が続いています。
高齢者人口が増える一方で、少子化が進んでいるため、介護サービスを受ける需要は増えているのに対し、これを支える供給が不足しているのが現実です。この需要と供給のギャップが、介護施設の経営に大きな負担をかけています。
介護業界の慢性的な人材不足は深刻です。介護職は肉体的・精神的に非常に負担が大きい仕事であるにもかかわらず、長時間勤務や低賃金、労働環境の厳しさが原因で、離職率も高く従事者の確保が困難となっています。施設は十分な人数を確保できない場合は、サービスの質の低下や人員配置基準が満たせないことで、最終的に経営が困難になり閉鎖に追い込まれてしまいます。
特に小規模施設では、介護保険制度に依存しているケースが多いため、介護報酬の引き下げや、運営コストの増加により、財政的に厳しい状況に直面しています。また、利用者数が減少したり、未払いの料金が発生したりすることで、収入が安定しないことも施設の経営を圧迫する原因となります。
介護施設の運営には、国や地方自治体の厳格な認可基準が定められています。これらの基準が強化されることにより、施設が認可を受けるために必要な条件が厳しくなり、特に小規模な施設にとっては、経営の負担が増加します。例えば、建物の耐震基準やバリアフリー設備、介護職員の資格や人数の基準などが厳格化されると、施設が基準を満たせず、営業を続けることが難しくなる場合があります。
閉鎖リスクは、地域ごとに大きな差があります。都市部では施設が過剰に存在している場合もありますが、逆に地方や過疎地では施設数が不足していることが多いです。また、地域ごとの経済状況や高齢化の進行具合も影響します。例えば、人口減少が進んでいる地域では、利用者が減少し、施設の経営が困難になることがあります。地域ごとの特性を無視した施設の立地やサービスが、閉鎖を招く原因となります。
介護施設の閉鎖は、施設やその利用者だけでなく、地域社会や医療機関、取引先にも多大な影響を与える問題であるため、早期の対策や支援策が必要です。
介護施設の閉鎖で最も影響を受けるのは、施設の入居者様とそのご家族です。入居者は突然の環境の変化に直面し、新たな施設を探さなければなりません。
特に、要介護度が高い方の場合、再度適切な施設を見つけるのは非常に困難で、家族は負担を強いられることになります。また、介護が必要な高齢者の家庭では、施設閉鎖により自宅での介護を再開する場合もありますが、それには家族の負担が大きく、十分な支援がないと介護疲れや健康問題につながります。
介護施設は、地域社会にとって重要な役割を果たしています。施設が閉鎖されると、地域コミュニティ内で高齢者を支えるネットワークが崩れ、地域住民のつながりや助け合いの仕組みが弱くなる可能性があります。また、地域の介護施設が閉鎖されることで、地域住民が高齢者ケアのための近隣施設にアクセスできなくなり、社会的孤立や地域格差が生じる危険性もあります。特に過疎化が進んでいる地域では、介護施設の閉鎖がさらにコミュニティの活力を奪う結果となります。
地域によっては再就職先が限られており、特に地方では求人が少ない場合もあります。さらに、介護職員はその専門的な知識と経験が評価される機会が限られることが多く、再就職が困難な場合もあります。職員は突然の転職を余儀なくされ、その結果として離職や転職活動のストレスが増加します。これが、介護業界全体の人材不足問題をさらに悪化させる一因にもなり得ます。
介護施設の突然の閉鎖を避けるためには、施設の経営や運営において戦略的な取り組みが必要です。介護施設が閉鎖を避け、安定的に運営を続けるための主な戦略について解説します。
健全な運営を続けるためには、経営効率化が最重要です。具体的な取り組みとしては、以下のような方法があります。
人材の確保と育成は、介護施設の運営において非常に重要です。人手不足が解消されない限り、施設の閉鎖リスクは高まります。以下の対策が効果的です。
地域社会との連携を強化することで、介護施設は孤立することなく運営を続けることができます。地域の資源を活用し、支援を得ることで施設の安定が図れます。
地域住民との関係構築
地域のボランティアや住民と連携し、イベントや交流の場を提供することで、地域住民からの理解や支援を得ることができます。また、地域住民が施設の存在を認知し、利用者の受け入れや地域での情報共有が進むと、施設の信頼度が向上します。
行政や医療機関との連携
地元の行政や医療機関と連携し、介護と医療がスムーズに連携できる体制を作ることで、施設が提供するサービスの質が向上します。特に、退院後の高齢者が入所するために、病院と協力し、医療と介護の連携を強化することが求められます。
利用者のニーズは年々多様化しており、施設側も柔軟に対応することが求められます。サービス内容の多様化は、利用者にとっての選択肢を広げ、競争力を高めるための重要な戦略です。
生活支援サービスの充実
食事や掃除、入浴などの基本的な介護サービスに加えて、趣味やリハビリを取り入れたプログラムを提供することで、利用者の満足度を高めます。
認知症対応サービスの強化
認知症患者に特化したプログラムやリハビリテーションを提供することで、認知症の進行を遅らせ、利用者や家族のニーズに応えることができます。
短期入所や在宅サービスの導入
長期入所型の施設だけでなく、短期入所サービスや、在宅支援サービスを提供することで、施設の利用者数を増やし、地域に密着したサービスを提供できます。
利用者のニーズを的確に把握し、それに応じたサービスを提供することが、介護施設の成功に欠かせません。以下のアプローチでニーズに応じたサービスを提供できます。
定期的なアンケート調査や面談
利用者やその家族に対して定期的にアンケートを実施したり、面談を行ったりすることで、ニーズを正確に把握します。利用者の声を反映したサービス改善を行うことで、施設への信頼感を高めます。
個別対応の強化
利用者一人一人に対して、個別のケアプランを作成し、高齢者の健康状態や生活スタイルに合わせたサービスを提供することで、満足度が向上します。
万が一介護施設が閉業せざるを得ない場合、施設運営者は利用者やその家族、従業員、地域社会に対して十分な配慮を行い、以下のような適切な対応を取ることが求められます。
代替施設の手配
施設の閉業を決定した段階で、利用者一人ひとりに対して、新しい施設やサービスの手配を行う必要があります。できるだけ近隣の施設やサービスを紹介し、転院をサポートします。
家族との連絡と調整
利用者の家族には、閉業の決定とその理由を速やかに説明し、転院先についての相談を行います。家族とのコミュニケーションを密に取ることが重要です。
必要な手続きのサポート
転院や転所に伴う手続き(介護保険の変更手続きや、転院時の医療面でのサポートなど)をサポートし、利用者が新しい環境で困らないようにします。
透明で正確な情報提供
施設の閉業理由、スケジュール、転院の手順について、利用者や家族に透明に伝え、質問や懸念に丁寧に対応します。信頼を維持するために誠実な説明が求められます。
心理的サポート
特に高齢者やその家族にとって、突然の施設閉業は大きなストレスとなるため、心理的なサポートやカウンセリングの提供も考慮します。
介護事業所が閉業する際、従業員の雇用も大きな問題です。従業員の不安や混乱を招かないよう適切な対応が求められます。
再就職支援
施設閉業に伴い、従業員には早期に通知し、再就職のためのサポートを提供します。求人情報の提供や転職支援、履歴書作成や面接対策などの支援を行うことが大切です。
離職手続きの迅速
従業員が円満に退職できるよう、必要な手続きをスムーズに進めることが求められます。退職金や未払いの給与など、法的な手続きも正確に行います。
労働環境の配慮
閉業までの間、従業員が安心して働けるように、労働環境や精神的サポートにも配慮することが必要です。
介護施設は地域社会の一部としての役割も果たしています。施設が閉業することで地域への影響が出る場合もあるため、適切な情報提供とサポートが求められます。
地域住民や関係機関への通知
地域住民や地域の医療機関、行政機関には、施設閉業の事実を速やかに伝え、関係者が新たなケアの方法を準備できるようにします。
地域連携の強化
他の施設や地域のサポート機関と連携し、利用者の転院や支援を円滑に行えるように調整を行います。地域でのケア体制の維持に向けた調整が重要です。
介護施設を閉業する際には、法的な手続きや行政への報告が必要です。
廃止届の提出
介護保険事業所が閉業する際は、管轄の自治体に対して所定の手続きを行う必要があります。これには廃止届の提出や、介護保険契約に基づいた事務手続きが含まれます。
利用者の介護保険の変更手続き
利用者の介護保険契約やサービス提供契約に関して、変更手続きが必要になります。これらの手続きに関して、利用者とその家族に説明を行い、サポートします。
事業を閉鎖する際、運営者は適切に責任を全うし、関係するすべての手続きを円滑に進める必要があります。
事業資産や備品の処理
施設の資産や備品については、法的手続きに則って処理し、売却や譲渡を行う場合は適正に行います。
契約の解消
外部の業者や取引先と結んでいる契約については、適切に解消する手続きを行い、未払いの請求書や契約解除に関する法的義務を果たします。
介護施設が閉鎖の危機に直面した際、施設の存続を図るために「M&A(合併・買収)」という選択があります。
経営が困難な状況においても、M&Aを通じて施設の経営権を他の企業に譲渡したり、経営資源を統合したりすることで、施設を存続させる可能性を高めることができます。
介護業界の特性上、規模の拡大や経営資源の集約が必要な場面も少なくありません。M&Aを通じて、経営資源や運営ノウハウをシナジー効果として活かすことで、より効率的で持続可能な経営が実現できる可能性があります。閉鎖の選択肢を取る前に、M&Aを通じて事業の再生を図ることは、施設関係者や地域社会にとっても大きなメリットをもたらすことでしょう。
サービスの継続性と安定性
M&Aによって、施設が閉鎖されず、買収先の企業に引き継がれることで、利用者はサービスが途切れることなく、継続的なケアを受けられます。新たな経営体制が安定することで、利用者にとって安心感を与えることができます。
サービスの質の向上
買収先の企業が持つ経営ノウハウやリソースを活かすことで、施設のサービス品質が向上する可能性があります。例えば、最新のケア技術や研修プログラムの導入、より充実した介護サービスの提供が実現するかもしれません。これにより、利用者はより良い介護を受けることができ、満足度が高まります。
多様な選択肢の提供
M&Aにより、他の施設やサービスが統合されることで、利用者に対してより多様なサービスが提供されることがあります。たとえば、医療ケア、リハビリ、福祉サービスなどが強化され、利用者のニーズに応じた柔軟なサービス提供が可能になります。
施設のブランド力向上
買収先が大手企業や地域で信頼のある企業であれば、そのブランド力を利用することができます。利用者は信頼できる企業に引き継がれることで、より安心して施設を利用できると感じるでしょう。
雇用の安定
施設が閉鎖されずに継続されることで、職員は自らの職場を失うことなく、雇用が守られる可能性が高くなります。特に買収先企業が従業員を引き継ぐ場合、雇用の安定が確保されるため、職員にとって大きな安心材料となります。
キャリアアップの機会
買収先企業が持つ経営体制や教育・研修システムを利用することで、職員は新たなスキルを習得でき、キャリアアップの機会を得ることができます。また、より多くの施設やサービスを統合した場合、異なる業務経験を積むチャンスも広がります。
労働環境の改善
買収先企業がより効率的な運営システムや良好な職場環境を持っている場合、職員の労働環境が改善される可能性があります。例えば、適切な労働時間の管理、福利厚生の充実、より良い報酬体系などが導入されることで、職員の働きやすさが向上します。
専門性の向上
M&Aによって、異なる事業所や企業との連携が進むことで、職員は他施設の取り組みや最先端の介護技術を学び、専門性を高めることができます。また、グループ内での情報共有や人材交流が進むことで、職員同士のネットワークが広がり、より高度なケアを提供できるようになります。
介護施設の閉鎖問題は、施設の経営者、職員、入居者、その家族、地域社会すべてに深刻な影響を及ぼします。これに対処するためには、経営の効率化や人材確保、地域との連携強化など、様々な取り組みが必要です。
一方で、閉鎖が避けられない場合もあります。その際には、利用者とその家族、そして職員への十分な配慮とサポートが不可欠です。そして施設の閉鎖という厳しい決断を下す前に、M&Aなどの選択肢を積極的に検討することも、施設の存続のための重要な手段となります。
もし、介護施設の閉鎖問題やM&Aに関するご相談がございましたら、ぜひ当社までお問い合わせください。介護業界のM&Aに特化した専門家として、最適な解決策をご提案させていただきます。
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