社会福祉法人の事業譲渡は、経営環境の変化や地域ニーズの多様化に対応するための重要な手段となっています。
特に、経営状況の改善やサービスの継続を図るために、他の社会福祉法人への事業引き継ぎが求められる場面が増えています。しかし、社会福祉法人は公益性を重視した特有のルールが存在し、一般企業のM&Aとは異なる複雑なプロセスが伴います。
本コラムでは、社会福祉法人の事業譲渡に関する基本概念やメリット、手続きの流れ、留意点について事業譲渡を検討する際の参考となる情報を解説します。
社会福祉法人の事業譲渡とは、ある社会福祉法人が運営する事業を継続させるために、他の社会福祉法人に引き継ぐことを指します。このプロセスは、経営状況の改善や事業の拡大、運営の効率化を目的として行われることが多くありますが、社会福祉法人は運営しているすべての社会福祉事業を譲渡することはできず、一部の事業のみしか譲渡することができません。一般企業のM&Aとは異なり、社会福祉法人は公益性を重視した独自のルールが存在します。
社会福祉法人間で譲渡できる事業の範囲は限定的です。具体的には、介護施設、保育施設、障害者支援施設などの事業が対象となります。これらの事業は、社会福祉法に基づき、公共の福祉を目的として運営されるため、譲渡先も同じく社会福祉法人である必要があります。
譲渡できるものとしては、土地・建物などの有形資産、人材、事業運営のノウハウがあげられます。
社会福祉法人のM&Aには、合併と事業譲渡の2つの方法があります。
合併とは、2つ以上の法人が統合して新たな法人を設立する方法であり、事業譲渡は特定の事業のみを他の法人に引き継ぐ方法です。合併の場合、法人全体が統合されるため、経営資源の一体化が図れますが、手続きが複雑で時間がかかるのが一般的です。一方、事業譲渡は特定の事業のみを譲渡するため、比較的合併より簡易に実行できますが、譲渡できるのは対象となる事業となっています。
一般企業のM&Aと社会福祉法人の事業譲渡には、いくつかの重要な違いがあります。一般企業のM&Aは、主に経済的利益を追求するために行われますが、社会福祉法人の場合は、公益性を重視した運営が求められます。また、一般企業のM&Aでは譲渡対価が発生することが一般的ですが、社会福祉法人は非営利組織であるため、資金の使途には厳格な制限があり、法人外への対価性のない支出は認められていません。
そのため譲渡対価は事業計画を加味したり、事業の価値を適切に見積もらないと法人外流出になるとされます。また社会福祉法人が国庫補助金を受けて取得した財産を譲渡する場合、原則として補助金の返還義務が生じるケースもあるため、事業譲渡を検討する際は、事前に行政へ相談するようにしましょう。
社会福祉法人の事業譲渡は、厚生労働省が示している「社会福祉法人の事業展開に係るガイドライン」および「合併・事業譲渡等マニュアル」に基づいて進める必要があります。具体的な流れは以下の通りです。
└事業譲渡の目的や方針を明確にし、譲渡対象事業を選定します。また、譲渡先法人の選定基準を設定します。この段階で、事業譲渡の全体的な方向性を定めることが重要です。
└譲渡対象事業について、財務、法務、業務等の詳細な調査(デューデリジェンス)を行います。この過程で、潜在的なリスクを洗い出し、評価することが必要です。
└社会福祉事業の許認可、介護保険事業者の指定、障害福祉サービス事業者の指定など、必要な申請手続きを行います。これらは所轄庁や自治体の担当部署に対して行う必要があります。
└社会福祉事業の許認可、介護保険事業者の指定、障害福祉サービス事業者の指定など、必要な申請手続きを行います。これらは所轄庁や自治体の担当部署に対して行う必要があります。
└事業譲渡に伴い、定款の変更が必要となる場合があります。変更内容を検討し、所轄庁への認可申請を行います。
└譲渡資産・負債の評価を行い、譲渡益・譲渡損を適切に計上します。また、必要な税務申告の準備を行います。
└譲渡対象となる資産・負債を特定し、実際の移管手続きを実施します。この過程では、適切な評価と管理が重要です。
└従業員の処遇を検討し、労働契約の承継手続きを行います。また、就業規則等の整備も必要となります。
└事業譲渡について、利用者や利用者家族、地域住民に対して説明会を開催したり、個別面談を実施したりして、十分な理解を得るよう努めます。
└業務フローを見直し、各種規程・マニュアルの改定を行います。また、必要に応じてシステムの統合や更新を行います。
この流れはマニュアルに示された一般的なものであり、具体的な手続きや必要書類は各自治体によって異なる場合があります。また、譲渡の規模や内容によっても手続きが変わる可能性があるため、所轄庁との綿密な相談が重要となります。
出典:厚生労働省|社会福祉法人の事業展開に係るガイドライン
|合併・事業譲渡等マニュアル
社会福祉法人間での事業譲渡は、法令に基づき許可されています。ただし、譲渡先も社会福祉法人である必要があり、公益性を維持するための厳格な条件が課されます。譲渡の際には、譲渡元と譲渡先の双方が法令を遵守し、公益性を確保するための適切な手続きを行うことが求められます。
事業譲渡を進める上で、行政への事前相談は非常に重要です。これにより、必要な手続きや留意点を事前に確認することができ、スムーズな進行が期待できます。また、行政のサポートを得ることで、法令遵守の確保やトラブルの未然防止にもつながります。
社会福祉法人の事業譲渡において、譲渡対価を受け取ることは法律で禁止されています。これは、公益性を重視する社会福祉法人の特性に基づいた規制です。過去には、理事長が不正に譲渡対価を受け取り逮捕されたケースもあり、法令遵守は非常に重要です。譲渡対価を受け取らないことで、一見すると譲渡元にとって不利益に見えるかもしれませんが、法令を遵守することで信頼性を確保し、長期的な視点での経営安定に寄与します。
社会福祉法人の役員が退任する際の退職慰労金に関するルールも重要な留意点です。2024年9月には『「社会福祉法人制度改革の施行に向けた留意事項について」等に関する Q&A』について退職慰労金のルールが追加されました。
以下、退職慰労金の支給基準について示されたQ&Aです。
という問いに対し、次の回答が示されました。
退職慰労金の支給基準は、法第 45 条の 35 第1項及び第2項の規定に基づき、民間事業者の役員の報酬等及び従業員の給与、当該社会福祉法人の経理の状況その他の事情を考慮して、法人が必要と認める場合には、これを変更することができる。一般に、合併前の法人において、合併が行われるという事情のみをもって退職慰労金の支給基準を変更することは難しい。合併するかに関係なく、支給基準の客観性をより高めるために算定過程を見直し、例えば、月例報酬に在職年数に応じた支給基準を乗じて算出した額への変更を行うことは考えられる。なお、支給基準の変更に当たっては、その過程や支払額の算定方法、それが「不当に高額」でないこと等について、客観的に説明できるようにする必要がある。
この回答をまとめると下記の通りです。
●支給基準の変更の可能性
→法第45条の35第1項及び第2項に基づき、必要と認める場合に変更可能である。
●変更時の考慮事項について
→民間事業者の役員報酬・従業員の給与・法人の経理状況・その他の関連事情を考慮する必要がある。
●合併と退職慰労金の支給基準の変更について
→合併予定のみを理由とする変更は通常困難だが、合併に関係なく、支給基準の客観性向上のための見直しは可能である。
●支給基準変更の具体例
→在職年数に応じた支給基準に月例報酬を乗じて算出する方法などがある。
●役員慰労金の変更時の重要ポイント
→・変更過程、支払額の算定方法を明確化する。
・「不当に高額」でないことの説明を行う。
・客観的に説明できる根拠の準備をする。
●役員慰労金の透明性の確保
→変更理由や内容を明確に説明できるようにすることが重要である。
出典:厚生労働省|「社会福祉法人制度改革の施行に向けた留意事項について」に関するFAQ」の改訂について
2024年9月に改訂された「社会福祉法人の事業展開に係るガイドライン」と「合併・事業譲渡等マニュアル」では、仲介者を利用する場合の手数料について、次の項目が新たに明記されました。
仲介者を利用することで、専門的な知識や経験を活用できる反面、手数料が発生することを理解しておく必要があります。具体的な手数料の額や支払い条件については、事前に確認し、契約書に明記することが重要です。
出典:厚生労働省|合併・事業譲渡マニュアル
社会福祉法人の事業譲渡は、公益性と効率性のバランスを取りながら進める必要がある複雑なプロセスです。もし社会福祉法人の事業譲渡をご検討されている場合は、専門的な知識と経験を持つM&A仲介会社を活用することが、このプロセスをスムーズに進める上で大きな助けとなります。
CBパートナーズでは社会福祉法人の事業譲渡をご支援した実績がございます。
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