社会福祉法人は、社会的に支援が必要な人々に対して、介護・福祉施設の運営やサービスの提供を行う非営利法人です。
令和4年時点での社会福祉法人数は21,074法人あり、令和3年からは53法人が増加しています。
また社会福祉法人だけが経営することができる特別養護老人ホーム(特養)は令和4年時点で8,494施設となっています。
昨今の社会福祉法人の経営状況は物価高や人件費の高騰により低下傾向にあります。
独立行政法人・福祉医療機構によると、全体の傾向として小規模や設立経過年数が長い社会福祉法人の経営状況が悪化しているという結果が明らかになっています。
そのような中で社会福祉法人の事業譲渡や合併に関心が高まっており、検討されている方が増えています。
本コラムでは社会福祉法人の合併・事業譲渡のそれぞれの手続きの流れや必要書類、メリット・デメリットなど基本的な情報をお伝えいたします。
出典:
厚生労働省|令和4年度福祉行政報告例の概況
厚生労働省| 令和4年度福祉行政報告
独立行政法人・福祉医療機構(WAM)|2022年度社会福祉法人の経営状況について
●<インタビュー>社会福祉法人 奉優会様~社会福祉法人の事業譲渡・合併について~
2024年6月に政府が小規模な介護事業者の経営改善を促すために、介護事業を行う社会福祉法人同士でM&A(合併・買収)を容易にするための支援を行うといったニュースがありました。
大規模化・協働化の必要性は以前から叫ばれており、2022年には福社会福祉法人のサービス事業者間の連携・協働を図るための取組等を行う新たな法人制度として、「社会福祉連携推進法人」が創立されましたが、今回は社会福祉法人のM&Aの成功事例の紹介やガイドラインの見直し、相談窓口の設置をするとしています。
M&Aを通じて社会福祉法人を統合することで、生産性の向上や事業規模拡大による経営改善が期待でき、処遇改善や介護人材の確保につなげる狙いです。
出典:厚生労働省|協働化・大規模化等による介護経営の改善に関する政策パッケージ
社会福祉法人における合併は、一般的な株式会社の合併と同様、吸収合併または新設合併により
統合することを指します。社会福祉法に規定されている合併は、社会福祉法人間のみで認められています。
社会福祉法人の吸収合併と新設合併の両方の形態において、所轄庁の認可が必要であり、
債権者保護手続きや事前開示などの基本的な手続きは、吸収合併・新設合併ともに共通です。
しかし、具体的な書類や手続きの詳細は異なる場合がありますので、所轄庁との事前相談が重要
になります。
社会福祉法人における合併手続きの主な流れです。
登記手続き
認可後2週間以内に登記申請
└吸収合併:存続法人は変更登記、消滅法人は解散登記を行う
└新設合併:新法人の設立登記を行い、旧法人は全て解散登記を行う
合併を進めるうえで事務的な手続きも重要ですが、合意形成は合併プロセス全体の基盤となるため非常に重要です。合意形成では合併の大前提となる事項について事前に協議を行い、経営理念・財務状況・事業計画などを十分に議論し分析を行います。
円滑な協議を進めるためには、合併協議会を設置することが望ましいとされ、メンバーには理事長をはじめとした経営層がなることが通常です。また理事会などでの決議や評議員への報告を適切に行い、法人の総意のもとで確実に進めていくことが重要です。
合併をスムーズに進めるポイントとして、所轄庁へ事前に合併の趣旨目的や背景の説明、合併申請の方法や疑問点についても確認しておくことも一つの手段です。
●吸収合併の場合、存続法人が消滅法人の一切の権利義務を承継するため、消滅法人の清算手続きは不要ですが、登記は必要になります。
●新設合併の場合、全ての合併当事者法人が消滅し、新たな法人が設立されるため、新法人の定款作成や新たな役員の選任などが必要となります。また全ての合併当事者法人の権利義務が新設法人に承継されます。
次に合併の手続きで必要な書類と届出についてです。
吸収合併と新設合併で共通する書類と届出は次の通りです。
吸収合併 | 新設合併 | |
定款 | 存続法人の定款を変更 | 新たな定款を作成 |
財産関連書類 | 存続法人の財産目録 | 新法人の財産目録 |
登記 | 存続法人の変更登記と消滅法人の解散登記 (許認可後2週間以内) | 新法人の設立登記と全旧法人の解散登記 (許認可後2週間以内) |
書類 |
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吸収合併・新設合併をする際、所轄庁への認可申請や独立行政法人福祉医療機構(WAM)への届出が必須となりますが、手続きはかなり複雑で多くの書類が必要となるため、あらかじめ所轄庁に相談しながら進めるようにしましょう。
また新設合併は、より複雑な手続きとなるため、専門家のサポートを受けることをおすすめします。
社会福祉法人は非営利法人であるため、一般的な株式会社の合併より留意すべき点が多くあります。
厚生労働省の「社会福祉法人の事業展開に係るガイドライン」に記されている、社会福祉法人の合併における留意点は以下の通りです。
出典:厚生労働省|社会福祉法人の事業展開に係るガイドライン
社会福祉法人の合併におけるメリット・デメリットは以下のことがあげられます。
〇経営基盤の強化、業務の効率化
法人が一体となることで本部機能や財務基盤が強化され、事業の安定性や継続性が向上すると考えられます。またスケールメリットを生かすことで、資材調達などのコストを削減が可能になると考えられます。
〇サービスの質向上
合併先の人材やノウハウ、設備などの資源を活用しサービスの質向上が期待できます。
これまでにない新たな種別の施設を取り入れた場合は、提供するサービスの幅が広がるでしょう。
〇人材育成
新たな領域の知識・技能・経験の交流により、スキルの拡大と向上が期待できます。
〇組織の活性化
互いの法人が有機的に結合することで、職員間の意識向上や新たな法人風土の醸成につながります。
〇手続きの複雑さ
所轄庁の認可が必要で、合併申請の手続きがかなり複雑になります。
〇文化の衝突
異なる組織文化を持つ法人の統合により、職員間の軋轢が生じる可能性があります。
〇意思決定の遅延
組織が大きくなることで、意思決定プロセスが複雑化し、遅延する可能性があります。
〇地域性の喪失
地域に密着した小規模法人が大規模法人に吸収されることで、地域特性に応じたサービス提供が難しくなる可能性があります。
〇財務リスク
合併相手の負債を引き継ぐ可能性があり、財務状況が悪化するリスクがあります。
社会福祉法人における「事業譲渡」とは特定の事業を継続していくため、当該事業に関する組織的な財産を他の法人に譲渡・譲受することを指します。
土地・建物などの単なる物質的な財産だけではなく、事業に必要な有形的・無形的な財産のすべてを他の法人に譲渡・譲受することになります。
事業譲渡により、譲渡元は不採算事業を切り離すことで経営改善、また譲渡先は新規事業の獲得による事業拡大ができます。
<手続きのポイント>
合併と異なり、包括承継がされないため、利用者、職員、調理、清掃などの委託業務等、土地、建物など事業に関連するものは、改めて契約行為が必要になります。
書類と手続きは、事業譲渡が適切に行われるために重要です。
特に、所轄庁への認可申請や債権者保護手続きは、法的な要件を満たすために欠かせません。
合併と同様に事業譲渡も複雑な手続きを伴うため、専門家のサポートを受けることをおすすめします。
厚生労働省の「社会福祉法人の事業展開に係るガイドライン」に記されている、社会福祉法人の事業譲渡における留意点は以下の通りです。
出典:厚生労働省|社会福祉法人の事業展開に係るガイドライン
社会福祉法人の事業譲渡におけるメリット・デメリットは以下のことがあげられます。
〇事業の継続性
事業譲渡により、経営が困難な事業を他の法人に引き継ぐことで、サービスが途切れることなく継続されます。これにより、利用者は必要なサービスを受け続けることができ、地域社会への影響を最小限に抑えることができます。
〇個々の法人だけでは対応が難しい課題への対応
外国人材の確保や人材確保の促進、災害時への備えや体制の構築、研修を共同で実施するなど、個々の法人だけでは対応しにくい課題への取り組みが期待されます。
〇新たな事業機会の創出
譲渡を通じて、譲渡先が新しいサービスや事業を展開する機会が増え、地域のニーズに柔軟に対応できるようになります。
〇効率的な資源活用
譲渡先の法人が持つリソース(人材、設備、ノウハウ)を活用することで、事業の効率化が図れます。
これにより、重複する業務やスケールメリットを活かしてコストを削減することが可能です。
〇経営基盤の強化
事業譲渡によって、譲渡先法人の経営基盤が強化され、資金や人材を集約することが可能になります。
これにより、建物の修繕や設備の増強など、サービスの質向上にむけて積極的に設備投資を行うことも考えられます。
〇迅速な事業展開
新設や増設に比べて、譲渡による事業展開は迅速に行えるため、地域のニーズに応じたサービス
を早急に提供することができます。
〇手続きの複雑さ
事業譲渡には所轄庁の認可が必要であり、手続きが複雑になることがあります。
また、債権者保護手続きなども必要です。
〇利用者や従業員への影響
譲渡に伴い、利用者や従業員に対する説明や同意が必要となり、関係者の不安を招く可能性があります。
特に、サービスの質や雇用条件に対する懸念が生じることがあります。
〇対価設定の制約
社会福祉法人は非営利法人であり、対価性のない支出が禁止されているため、譲渡に際して適切な対価設定が求められます。これが難しい場合、譲渡が成立しないリスクがあります。
〇事業の一部しか譲渡できない制限
社会福祉法人は、全ての社会福祉事業を譲渡することができず、一部の事業のみの譲渡に限られるため、事業戦略に影響を及ぼす可能性があります。
〇譲渡先の選定リスク
譲渡先法人が事業を適切に運営できるかどうかの確認が必要です。譲渡先の選定を誤ると、サービスの質が低下したり、利用者に悪影響を及ぼす可能性があります。
つぎに社会福祉法人の合併と事業譲渡を
・法人の存続
・資産負債の移転
・従業員の扱いについて
の面から比較していきます。
▶法人の存続
事業譲渡:譲渡元法人は特定の事業のみを手放しますが、法人格は維持されます。譲渡元法人は存続します。
合併 :吸収合併の場合、一方の法人が存続し、他方が消滅します。
新設合併の場合は、両法人が消滅し、新たな法人が設立されます。
▶資産・負債の移転
事業譲渡:譲渡対象の資産・負債のみが移転します。個別に資産・負債を特定し、移転手続きを行う必要がありますが、債権債務の移転には原則として債権者の同意が必要となります。
合併 :消滅法人すべての資産・負債が包括的に存続法人または新設法人へと承継されます。債権債務関係も自動的に移転します。
▶従業員の扱い
事業譲渡:従業員の移転は自動的には行われないため、従業員の同意のもと譲渡先での雇用契約の再設定が必要になります。
合併 :従業員は原則として存続法人または新設法人に自動的に承継されます。この場合、労働条件も原則として維持されます。
社会福祉法人の合併・事業譲渡を検討するケースとして次のことが考えられます。
社会福祉法人が不採算事業を抱えている場合、その事業を他の法人に譲渡することで、経営の健全化を図ることができます。
経営が悪化している社会福祉法人が、存続させたい事業を別の法人に移すことで、事業の継続を図ることができます。
新たな事業を展開するために、他の社会福祉法人から事業を譲り受けることも選択肢の一つです。
社会福祉法人の合併・事業譲渡を検討する際、厚生労働省が公表している「合併・事業譲渡等マニュアル」「社会福祉法人の事業展開に係るガイドライン」に沿って実施する必要があります。
マニュアルは実際の手続きを行う際の詳細な参考資料として、ガイドラインは社会福祉法人の事業展開全般に関する基本的な方向性を示す文書として位置づけられています。社会福祉法人がM&Aを検討する際は、両方の文書を確認しし、全体的な方針を理解した上で具体的な手続きを進めることが重要です。
厚生労働省が策定したこのガイドラインは、社会福祉法人が合併や事業譲渡を行う際の手続きや留意点を整理したもので、具体的には、社会福祉法人の役割、事業展開の期待される効果、合併・事業譲渡の手続きに関する詳細が記載されています。
合併や事業譲渡を実施する際の具体的な手順や必要な法令について記載されているマニュアルで、社会福祉法人が適切に手続きを進めるための参考資料となります。
社会福祉法人の合併や事業譲渡の手続きの流れや必要書類について解説していきましたが、複雑な手続きを伴うため、専門家のサポートとアドバイスは不可欠です。法的手続きの理解、戦略の策定、財務面でのアドバイス、利用者や職員への配慮、リスク管理、経験に基づく具体的なアドバイスを通じて、円滑で成功する合併や事業譲渡を実現することができるでしょう。
専門家からサポートを受けるメリットは次の通りです。
本コラムでは、社会福祉法人の合併・事業承継の一般的な内容を解説しましたが、
経営者、法人ごとにご状況やお悩みは違います。
社会福祉法人のM&A・事業承継の手法・手続き、譲受候補先、事例などについては、
個別相談にて、承っておりますので、お気軽にお問い合わせください。