近年、日本の医療業界ではM&Aが急速に進展しています。この背景には、少子高齢化や医療需要の増加が大きく影響しています。総務省統計局のデータによると、2023年には65歳以上の人口が全体の29.1%に達し、今後も医療サービスの需要は増加傾向にあります※1。
加えて、医療法人の経営者の高齢化が進む中、後継者問題が深刻化しています。日本医師会の「医業承継実態調査」(2020年1月)によると、「現時点で後継者はいない」「後継者候補はいるが、意思確認していない」を合わせて後継者不在率が75.9%※2となっており、全業種の後継者不在率53.9%※3を大きく上回る数字となっています。これにより、事業承継の手段としてM&Aが注目されるようになりました。
※1統計からみた我が国の高齢者-「敬老の日」にちなんで-(令和5年9月) より抜粋
※2日本医師会医業承継実態調査より抜粋
※3帝国データバンク:全国「後継者不在率」動向調査(2023年)より抜粋
医療法人のM&Aは、非営利性や行政の承認が求められる点、所有権構造の違いから、一般企業とは異なる特有のプロセスが求められます。
医療法人の経営において、原則として理事長は医師または歯科医師でなければならないとされています(医療法第四十六条の六)。
これは、医療サービスの提供に直接関与する立場であることから、医療専門家である必要があるためです。
この要件により、M&Aの際には、後継者としての医師の確保が重要な課題となります。
持分の定めがある社団医療法人では、持分所有者である社員が退社する際、その社員は出資持分に応じた払戻しを請求する権利を持っています。
企業のM&Aでは、通常、売り手側企業が出資者に資金を支払うことはほとんどなく、買い手側が株主に対して株式の購入代金を支払うのが一般的です。
一方で、医療法人の場合、退職する社員に対して出資金の返済という形で出資金が払い戻される(病院から資金が流出する)ケースもあり企業のM&Aにはない特徴があります。
医療法人の運営に営利法人が影響を与えることは、非営利性という観点から適当ではありません。したがって、医療法人と関係のある特定の営利法人(MS法人)の役職員が医療法人の理事になることはできません。この制約により、M&Aの際には、買い手となる法人の構成にも注意が必要です。
他にも手続きや買い手候補先など、医療業界特有の留意点があり、後ほど詳しく説明いたします。
医療法人のM&Aでは、法人の種類によって設立根拠法が異なります。そのため、会社法の規定のみが適用される株式会社同士のM&Aとは異なり、各法人の設立根拠法に基づいてM&A手続きを行う必要があります。さらに、民間企業同士のM&Aは当事者の合意で迅速に実行できることが多くありますが、医療法人や病院、クリニックのM&Aでは、行政との調整が必要であり、最終合意までに時間がかかる傾向があります。そのため、医療法人のM&Aに豊富な経験を持つアドバイザーを依頼することが、スムーズなM&Aの実現に繋がると言えるでしょう。
全体的なスケジュールは、通常6ヶ月から1年程度とされています。早めの動き出しが肝心です。
主に以下の3つの手法で譲渡金額が決められます。
医療法人の価値を算定する際には、既に保有する資産(現預金、設備、不動産など)の価値に加え、営業権も考慮されます。例えば、医療機器や不動産などの有形資産に加え、患者からの信頼やブランド力も評価されます。譲渡価額は病院・クリニックの貸借対照表を元に算出され、現預金や不動産など換金性が高い資産を持ち、また借入金が少ないほど、高い譲渡価額となります。この方式は、特に地域密着型の医療機関で高い評価を得る傾向があります。過去に積上げたストックと将来的な収益の両面に着目した価額算定方式です。
過去の類似事例を基にした比較評価も一般的です。対象となる病院・クリニックの貸借対照表などの資産性をベースに、過去にあった同規模の診療所や病院のM&Aの譲渡価額を参考として、譲渡価格が算出されます。この方式は、市場の動向や相場を反映した評価が可能です。上場会社同士のM&Aを行う際、他の類似上場会社の株価や同様のM&Aの際の株価を参考とするケースがありますが、買収事例比較方式は類似の計算方法といえるでしょう。
買収先の病院・クリニックが今後生み出すキャッシュフローを現在価値に割り引いて評価する方式です。資産基準+営業権方式、買収事例比較方式が、主に過去の資産や過去事例に基づき価格を算定するのに対し、DCF方式は将来収益に着目した計算方法です。事業計画や収益見込みに基づき譲渡価額が算出されるため、予想収益により算定結果は大きく左右されます。よってDCF方式を採用する際は、今後の事業計画について、実現の可能性がある詳細な計画の策定が必要不可欠です。
高齢化が進む中で、後継者不足は多くの医療法人が直面する問題です。これまで主流だった親族内承継が叶わない理由としては、子どもがいても医師ではない場合や医師であっても専門分野が異なる場合、承継の意向がない場合など様々です。また経営の悪化により親族への承継を望まない経営者もいらっしゃいます。そのような中で、M&Aを通じて第三者である次世代の経営者に経営権を譲渡し、問題を解決する医療法人が増えてきています。これは、患者への継続的な医療サービス提供にもつながります。
M&Aにより、資本力のある企業や他の医療法人との統合が可能となります。これにより、経営リスクの分散や資金調達の容易化が期待できます。医師や看護師の増員や医療と介護の相互連携、高額な医療機器の導入などが可能となった結果、提供する医療サービスも向上していくでしょう。
病院・クリニックは地域にとって重要な存在であるため、医師の都合で簡単に廃院できません。M&Aによって医療法人が存続することで、地域の医療体制を維持できます。特に地方の医療機関では医師の高齢化や医師不足が問題となっているため、M&Aが地域医療の継続に不可欠な手段となることがあります。
廃院を選択すれば、長年地域医療を支えてくれていたスタッフは職を失うことになります。M&Aによって経営が引き継がれれば、スタッフの雇用を継続することが可能となり、患者への医療サービスの質を維持することができます。
社団法人の病院を売却する場合、社員は出資金の払戻しや分配金を受け取ることができます。これによって創業者である社員は病院の成長に応じた利益を得ることができ、過去の経営に対する労苦が報われます。また、M&A後の生活資金に関する不安も軽減されることが期待されます。
医療業界のM&Aには、特有の留意点が存在します。代表的な4点を下記に取り上げました。
医療法人のM&Aにおいて、診療科目はその法人の特性を大きく左右する重要な要素です。買収後に事業が赤字を続け、結果的にM&Aが失敗に終わるケースも少なくありません。買収前より買収後に採算性が悪化するケースもあります。病院やクリニックの経営において診療科目が持つ影響は非常に大きいため、買収後も十分な収益性を維持できるかどうか、買い手は慎重に検討することが求められます。
医療法人のM&Aにおいて、患者数はその法人の収益性を判断するための重要な指標です。特に、慢性疾患を扱うクリニックは、定期的な通院が見込まれるため、安定した収入が期待できます。ただし、買収する際には現在の患者数だけでなく、病院が位置する地域の住民の性別や年齢構成も考慮する必要があります。足元では患者数が増加していても、今後10~20年のスパンで見ると患者数が減少する可能性のある地域も存在します。そのため、現在の患者数に加え、地域の人口動態を踏まえた将来的な患者数の予測も行い、慎重に判断することが求められます。
医療業界は慢性的な人手不足に直面しており、この課題を解決するためにM&Aを検討する医療法人が増えています。買い手は買収後の成功を見据える上で、どれだけの人材を確保できるかしっかり把握しておきましょう。なぜなら、医療法人そのものを買収しても、運営を支えるスタッフがいなければ、事業の拡大は不可能だからです。
M&A後にスタッフがスムーズに引き継がれることは、サービスの継続性を確保する上で不可欠です。
さらに、人員配置の基準もあるため、最低限必要な人材の確保が求められます。そのためには、スタッフの雇用条件や待遇、職場環境の維持に十分な配慮が必要です。
人材に関する評価は数字で示すのが難しい部分ですが、買収後にスタッフが大量に離職してしまえば、医療法人の価値が大幅に損なわれることになります。新規スタッフの採用が困難な状況では、既存のスタッフが退職することなく引き継ぐことが特に重要です。
医療法人のM&Aは、通常の株式会社とは異なる手続きや方法を要します。また、医療法人には複数の形態があり、それぞれで手続きが異なる点も重要です。
さらに、医療法人にはさまざまな設立母体が存在し、その母体によって管轄する官庁が異なるため、M&Aのプロセスは設立母体および管轄官庁の影響を大きく受けます。医療法人の種類の多さだけでなく、設立母体の多様性が医療法人のM&Aを複雑にする主な要因となっています。このため、複雑で詳細な手続きを伴う医療法人のM&Aでは、経験豊富な専門家への相談が不可欠です。
それぞれの医療法人の種類や設立母体に応じて異なる手続きが必要となりますが、代表的な例として、財団法人と社団法人のケースについて以下に紹介します。
社団医療法人では、社員が出資者となっており、一般的な病院や医療法人の多くがこの形態を取っています。
株式会社の場合、過半数以上の株式を保有すれば、株主総会に加えて取締役会の過半数を指名することが可能となり、株主による会社のコントロールが実現します。そのため、過半数以上の株式を取得すれば、実質的に買収が完了します。一方、社団医療法人では、社員が必ずしも出資者とは限らず、出資を行わない社員も存在するため、出資者と社員の立場は異なります。そのため、社団医療法人の買収では、売り手から出資持分の買い取りに加え、社員としての退任(退社)も求められます。そして、買い手側の社員が社員総会の過半数を占める状態とすることで、実質的な買収が完了します。
財団医療法人には、株式会社のような出資持分の概念が存在しません。その代わりに、株式会社における取締役会に相当する機関を掌握することで、実質的に買収を行うことが可能です。
財団医療法人における意思決定権者は以下の3者です。
理事・監事・評議員を、買い手側が指名するメンバーで構成できれば事実上の買収となります。
医療法人は大きく分けて2種類あります。それは、出資持分のある医療法人と出資持分のない医療法人で、平成19年4月以降に設立された医療法人は、すべて出資持分のない医療法人となります。出資持分とは、「持分払戻請求権」と「残余財産分配請求権」という2つの財産権を指します。この財産権により、理事長が医療法人に100%出資している場合、退社や解散時に医療法人の純資産全額の払戻しを受けることができます。
出資持分のある医療法人の場合、出資持分の譲渡が必要です。医療法人では、各社員が1つの議決権を保有しています。そのため、承継を行う際には、出資持分の譲渡に加え、社員の交代および理事・監事の交代も実施する必要があります。出資持分の譲渡価額は一般的に、「法人の時価純資産」に「営業権」を加算した金額で評価されます。ただし、最近では営業権がつかない場合もあります。
出資持分のない医療法人の場合、社員および理事・監事の交代のみで承継が完了します。対価の受け取り方法としては、一般的に譲受側の法人や医師が医療法人に資金を提供し、その資金を基に役員退職金として受け取るという方法が考えられます。この場合、受け取れる上限額は役員退職金の限度額に従うのが一般的ですが、限度額まで受け取れるかどうかはケースバイケースです。ご自身の法人が新法または旧法のどちらに該当するかは、譲渡を検討する上で重要な情報ですので、確認しておくことをお勧めします。
病院やクリニックは、運営母体が医療法人に限定されているため、事業譲渡よりも医療法人そのものを譲渡する形が一般的です。そのため、医療法人を引き継ぐことができる法人のみが買収対象となり、買い手先企業を見つけるのは一筋縄ではいきません。
また、法律の規定により、医療法人の「株主」とも言える社員は個人に限られ、株式会社などの法人は社員となることができません。このため、資本力のある上場企業であっても、医療法人を直接的に買収することは不可能です。医療法人の買収が可能なのは、合併などができる医療法人かつ、他の医療法人を買収するための資本力や経営力を持っている医療法人に限られます。現行の医療法人に対する法的枠組みは、平等な医療の提供を目指して利益追求を制限する理念に基づいています。このため、実質的に医療法人の買収が可能なのは医療法人自身に限られている、という制度上の制約があります。
医業承継は一般的な企業のM&Aよりも長期間に渡るため、片手間に対応されてしまうこともあります。そのため、医療業界に特化したM&A仲介会社を選ぶことが、成功への鍵となります。経験豊富な仲介会社は、業界の特性を熟知し、適切なアドバイスを提供することができます。
承継候補が決まった後、譲渡や承継の実行までには、さまざまな相談や申請が必要です。また、病院とクリニックでは行政申請の手続きが異なり、地域ごとに特性があります。実際の手続きに進む際には、まず地域の保健所や医務課と連携し、正しい手順で進めていくことが重要です。
クリニック(個人事業)を譲渡する際の行政手続き
【申請内容】 | 【申請先】 | 【必要書類】 |
・保険医療機関廃止届 | 厚生局 | ・保険医療機関又は、保険薬局の廃止届 |
・診療所廃止届 | 保健所 | ・診療所廃止届 |
・個人事業廃止届 | 税務署 | ・個人事業の開業・廃業等届出書 |
医療法人を承継する際の行政手続き
【申請内容】 | 【申請先】 | 【必要書類】 |
医療法人変更登記申請書 (理事長変更登記) | 法務局 | ・理事会議事録 ・社員総会議事録 ・辞任届(旧理事長) ・就任承諾書(新理事長) ・印鑑証明書 ・新理事長医師免許証写し ・資産総額がわかるもの |
役員変更届 | 都道府県 | ・医療法人役員変更届 ・印鑑証明書 ・辞任届(旧理事長) ・就任承諾書(新理事長) ・社員総会議事録 ・理事会議事録 ・新理事長の医師免許証写し |
保険医療機関届出事項変更届 | 厚生局 | ・保険薬局届出事項変更(異動)届 ・保険医登録票写し ・役員変更届写し ・保険医療機関指定通知書の原本 |
※詳細は、各管轄のホームページをご覧頂くか担当部署にご確認をお願いいたします。
上記申請に加え、必要書類が地域で異なる場合があるため事前に調べ、慎重に進めていく必要があります。
CBパートナーズのクリニックM&Aと病院M&Aの事例を紹介します。
【ケース1】
売手様情報
エリア | 九州 |
業態 | クリニック(内科、訪問診療) 訪問看護・リハ(みなし) |
オーナー年齢 | 60代前半 |
不動産 | 土地:賃貸 / 建物:賃貸 |
対象事業 合計売上高 | 1.2億円 |
売却理由 | ・事務長の退職 ・経営への疲弊 |
買手様情報
希望エリア | 九州のみ |
業態(属性) | 医療事業・介護事業・その他 |
希望事業形態 | 地域の中核となる無床診療所 |
買収ニーズ | ①医師の補充は、時間がかかる ②事務長経験のある優秀なスタッフを抱えている |
診療所運営のノウハウ
買手側は、医療機関と介護施設を運営しており、医療介護連携に強いノウハウを持っていました。譲渡後、売主側が進めたかった訪問診療が、周辺施設との連携を通じて新たにスタートしました。
従業員への影響
クリニックのスタッフは、買手側や外部とのコミュニケーションが増え、職場がより活気あるものに。相互研修や医療DX研修も積極的に行われています。
同一モデルの展開
得られたノウハウをマニュアル化し、他エリアで同じモデルを展開。現在、10以上の医院を運営し、地域に不可欠な存在となっています。
【ケース2】
売手様情報
エリア | 関東 |
業態 | 無床診療所(整形外科) |
オーナー年齢 | 60代前半 |
不動産 | 土地:法人所有 / 建物:法人所有 |
対象会社売上高 | 8,000万円 |
売却理由 | ・採用難 ・経営管理の煩雑さ |
買手様情報
希望エリア | 既存事業所とシナジー効果のあるエリア |
業態(属性) | 医療事業、介護事業、障害福祉事業 |
希望事業形態 | 訪問系のニーズがあるエリア |
買収ニーズ | 各エリアにて、医療・介護・福祉を複合的に運営していくモデルを展開 |
人員補充と人事制度の見直し
譲渡対象の事業は買手の事業展開エリアに近く、管理医師の候補も確保できていました。また、看護師や医療事務の人員を半数ほど補充できました。定着率の低さは、給与水準と昇給率が原因と判明したため、買手側の人事制度をもとに見直しを行いました。
施設基準・加算取得のサポート
これまでは届け出が煩雑で、取得可能な施設基準や加算を見逃していましたが、買手側のサポートで加算を取得し、それを活用して従業員の賃金を引き上げました。
サービスの拡大
理学療法士の採用やデイケアの併設、訪問診療や訪問看護、介護訪問マッサージなど、新たなサービスを展開しました。新サービスには残留した先生も不安を感じていましたが、買手側の丁寧なサポートで前向きに診療を続けています。
医療業界には、独自の規制や業務内容が存在します。そのため、医療業界に特化したM&A仲介会社の知識量と経験は、成功のカギとなります。CBパートナーズでは、業界に精通したスタッフが、一気通貫で適切なサポートを提供します。
CBパートナーズでは、医療法人のM&Aに関する無料相談を行っています。市場動向の説明、M&Aの流れについて詳しくご説明し、ご要望があれば法人の現状分析(価値診断)をいたします。お気軽にご相談ください。