令和6年度の診療報酬改定は6年に一度の医療・介護・障害福祉サービス等の報酬改定が同時に行われるトリプル改定となり、重要かつ大規模な改定になっています。2025年には日本の65歳以上の高齢者が約3,600万人にものぼり、全人口の3人に1人が高齢者になるといわれています。さらに2040年には65歳以上の人口が全人口の約35%になり高齢者数がピークを迎えます。今後15~64歳の生産年齢人口の減少に伴い医療・介護保険制度の財政がますます厳しくなり、医療・介護業界の人材確保も今まで以上に困難になると予測されます。2025年の前年にあたる今回の改定では2025年以降を見据えた、医療・介護サービスの提供体制の整備が進められました。
まず診療報酬とは医療機関で受ける医療行為・サービスに対する対価として公的医療保険から支払う報酬のことです。診療報酬は「診療報酬本体」と「薬価」の2つの報酬から成り立ち、報酬の内容や点数の見直しを行うため2年毎に改定されます。改定は内閣が決定した改定率を前提として、厚生労働大臣が中央社会保険医療協議会(中医協)の議論を踏まえ決定します。
トリプル改定となる令和6年度の診療報酬改定では、医療と介護のさらなる連携強化が求められました。2023年3~5月で計3回行われた「令和6年度の同時報酬改定に向けた意見交換会」では、医療・介護それぞれの課題のすり合わせが行われました。医療側の「中央社会保険医療協議会総会」と介護側の「社会保障審議会介護給付費分科会」で主に以下の内容について審議が行われました。
令和6年度診療報酬改定の施行は令和6年4月1日からでしたが、診療報酬改定の決定から施行までの2か月~3か月という短期間で電子カルテ・レセコンベンダの改定作業などを対応しなければならないことが課題とされていました。そのため開始時期を令和6年6月1日へ後ろ倒しする案が総会で了承済みです。なお、薬価改定は従来どおり令和6年4月1日に改定を実施します。
令和6年度の診療報酬改定では、2023年12月20日に以下の通り決定しました。
診療報酬本体は9回連続の引き上げで過去10年間でもっとも高水準となり、診療報酬本体の+0.88%から賃上げ対応分を除く場合、実質的には+0.18%となっています。今回の改定では医療従事者の賃上げが最大の焦点となり、40歳未満の医療従事者の賃上げ、「外来・在宅ベースアップ評価料」「入院ベースアップ評価料」など賃上げに向けた評価の新設が行われました。
厚生労働省は改定にあたって以下の基本認識を示しました。
さらにこれらの基本認識を推進するため4つの基本視点と具体的な施策について以下を掲げています。
今後さらに高齢化等による医療需要増加の一方、生産年齢人口の減少に伴い働き手不足が見込まれています。このような状況を踏まえ必要な処遇改善、働き方改革を通じて医療従事者の人材確保を行い持続可能な医療体制を維持していくことが重要課題とされました。具体的な施策例は以下のとおりです。
団塊世代がすべて75歳以上になる2025年に向け、これまで医療機関の分化・連携や地域包括ケアシステムの構築が進められてきました。今後も人口減少・高齢化が進む中で質の高い医療を提供するためには今まで以上に介護サービス等との連携が必要とされています。連携強化のためには医療DXを推進し、新型コロナウイルスの経験を踏まえて外来・入院・在宅を含めた地域全体での医療機能の分化・強化、連携の必要があるとされました。具体的な施策例は以下のとおりです。
食材費、光熱費をはじめとする物価が高騰するなかでも質の高い医療を提供する必要があります。患者の安心・安全を確保しつつ、医療技術の進展や疾病構造の変化などを踏まえ、イノベーションの推進、新たなニーズにも対応できる取り組みの評価を進める方針です。具体的な施策例は以下のとおりです。
高齢化・技術の進歩・高額な医薬品の開発により医療費の増大が見込まれる中、現状の「国民皆保険」を維持するためには、医療資源を効率的に分配できているか見直さなければなりません。医療関係者の協力のもと、医療サービスの維持・向上のためにサービスの効率化・適正化を図る必要があるとされました。具体的な施策例は以下のとおりです。
先述した4つの基本視点と具体的施策の中からポイントとなる項目を解説します。
医療DXの推進
今回の改定ではオンライン資格確認の活用だけでなく、電子処方箋や電子カルテ情報共有サービスを導入し、質の高い医療を提供するために医療DXの体制を確保している場合の評価が新設されました。今後医療におけるデジタル化を促し、高品質な医療の提供と地域包括ケアシステムとの連動を推進することが求められています。具体的な施策としては電子カルテ情報共有サービスの構築と情報共有の拡大、電子処方箋の普及、マイナンバー保険証利用、ICTの推進などがあげられています。
働き方改革
2019年4月から施行された働き方改革の医師への適用は5年間の猶予がありましたが、2024年4月からは医師の時間外労働の上限が規制されます。今後は医師をはじめとする医療従事者の労働環境改善のために、タスク・シフト/タスク・シェアの推進のほかに、ICTによる業務効率化、柔軟な勤務体制が求められます。
医療と介護の連携強化(地方包括ケアシステムの深化・推進)
厚生労働省は団塊世代が75歳以上になる2025年以降を目途に、住まい・医療・介護・予防・生活支援を地域内で包括的に提供する仕組み(地域包括ケアシステム)の構築を推進してきました。令和6年度の診療報酬改定はトリプル改定であることを踏まえ、医療・介護・福祉サービス等の連携強化にかかる項目が多く評価されており、また令和6年度介護報酬改定においても新たに医療との連携による項目が新設されるなど重要性がうかがえます。必要なサービスを切れ目なく提供するために地域包括ケアシステムの推進・強化は、今後も重要なテーマのひとつで引き続き重要事項として示されています。
外来医療の強化
外来医療の課題として「かかりつけ医機能」「外来機能の分化の推進」「オンライン診療」の重要性を述べ、患者にとって負担の少ない形で外来医療を提供する必要性を示しました。「かかりつけ医機能」では主治医とケアマネージャーなど介護支援専門員と双方向のコミュニケーションを促すための評価が検討されています。「外来機能の分化の推進」に関しては、対象医療機関の拡大や保険給付範囲の見直しなどが検討されています。「オンライン診療」は、令和4年度の改定で大幅な変更がありましたが、今回の改定では情報機器を用いた場合などについて新たな評価が行われました。
令和6年度の診療報酬改定に備えて、各医療機関は以下の点に注意して準備することが重要です。
新しい診療報酬項目の習得
今回の改定に関する変更点や要点について、医療機関内でスタッフ全体に対する教育を行い、正確に記録や報告できるよう情報共有を行うことが重要です。
情報連携
医療機関内で医療DXによる業務の効率化が求められるなか、医療機関同士の連携、医療機関と介護施設との間で円滑に情報共有するための仕組みの整備が必要です。電子処方箋や電子カルテの導入の検討、必要な設備やソフトウェアのアップデート、また医療DXによる働き方改革の推進においては職員の勤怠管理システムの導入などがあげられます。
今後は今回の改定でキーワードとなった働き方改革、医療DX・業務効率化の推進や医療・介護の連携をさらに強化していくことが予想されます。そうした点からも診療報酬改定の背景も含め改定内容をみていくとより理解が進むでしょう。また今回の改定で努力義務の項目でも次の改定では義務化になることも考えられますので、次期改定を予測し準備を進めることも必要です。
今回の診療報酬改定により医療DXが進むことで各医療機関・介護施設が連携のため電子カルテシステムを導入し、各地域の医療機関がデータの連携・共有がしやすくなります。データの連携・共有を進めることで地域包括ケアシステムを支えるネットワーク構築の推進が可能になり介護・医療・福祉サービスなどの情報を一括管理できるため、円滑に質の高い医療を提供できるようになると予測されます。
厚生労働省では今後 医療制度が直面する超高齢社会や人材不足などの課題に対応し、持続可能な「全世代型社会保障」を実現するために、診療報酬のみならず医療法、医療保険各法等の制度的枠組みや、国や地方自治体の補助金等の予算措置などにより社会保障が支えられていることを踏まえ、総合的な政策の構築の必要性を示しました。また 予防・健康づくりやセルフケア等の推進、ヘルスリテラシーの向上が図られるよう、住民、医療提供者、保険者、民間企業、行政等の全ての関係者が協力・連携して国民一人一人を支援するとともに、国はこうした取組に向けた環境整備を行う必要があるとされています。