昨今、介護業界全体では、M&A(第三者承継)が活発に行われていますが、その中でも通所介護(デイサービス)事業は、経営環境の変化や事業所数の横ばいが続いていることから、介護業界の中でもM&Aのニーズの高い業態といえます。
本コラムでは、デイサービスを運営される経営者様向けに、M&Aを行うメリット・デメリット、M&Aの注意点や成功のポイントについてご紹介します。
まず、デイサービスの事業の概要について紹介します。
デイサービスとは、要介護状態にある高齢者が入浴、排泄、食事等の介護サービスを受けたり、生活機能の維持・向上を目指した機能訓練を行う介護事業の業態です。
ただし、事業所ごとの対応範囲や規模感によって以下のように種類が分かれています。
利用者はニーズに合わせて利用する事業所を選ぶため、経営者は事業所を運営する地域のニーズや競合との状況に合わせて自社のデイサービス事業の特色を打ち出していくことが重要といえます。
高齢化社会の進展に伴って需要が増加し、通所介護事業所数も増加してきましたが、2017年頃から通所介護事業所数は横ばいになっており、全国的にサービスの提供が行き届いたことが伺えます。2024年9月に公開された厚生労働省の最新のデータでは、通所介護、地域密着型通所介護の事業所数は全国に43,018事業所となり、昨年の43,379事業所から、388件減少していることが明らかになりました。
ただし、デイサービスの事業所の内訳には変化が起きており、地域密着型通所介護事業の統廃合が行われ、中規模以上の通所介護事業が増加する傾向が続いています。
出典:厚生労働省|請求事業所数,都道府県・サービス種類別
デイサービスの事業の内訳の変化には、報酬改定が大きく関わっています。2015年に行われた改定によって、それまで好調だった地域密着型通所介護事業の経営が難しくなるケースが散見されました。
その結果、小規模デイサービスの事業所の統廃合が発生し、デイサービス業界全体の状況変化に繋がりました。こうした突然の経営環境の変化に対して、M&Aを用いた経営戦略や業態の変更は相性がいいため、M&Aのニーズが高まる要因といえます。
令和6年度介護報酬改定では、介護サービス全体で+1.59%のプラス改定となり、従来よりわずかに増加しました。
その他の加算については以下のような見直しがされました。
デイサービスの業態において、M&A(第三者承継)を行うメリット・デメリットについて紹介します。
デイサービスのM&Aにおける売手側と買手側のメリットは以下の通りです。
M&Aを行うデメリットも存在します。
デメリットを最小限に抑えるためには、綿密な事前調査、適切なデューデリジェンス、そして統合後の効果的なPMI(Post Merger Integration)が必要不可欠となります。
M&Aの影響を受けるのは経営者だけではありません。それまで一緒に働いていた従業員にも大きな影響を及ぼします。新たな経営者や親会社の元で運営を継続していく場合、雇用条件の変更や業務フローの大幅な変更の可能性があり、従業員のモチベーション低下や離職率の上昇といった問題が生じる場合があります。このような状況にならないよう、従業員にとって不利益な雇用条件の変更は行わないように契約書に記載することも可能です。
いずれも高度な交渉が必要になるため、M&Aをご検討の場合は介護事業の事業承継支援を専門に行っている会社への相談をおすすめします。
デイサービスのM&A、以下のような流れで進んでいきます。
まずは、事業承継を支援してくれる仲介業者やコンサルティング会社を探していきます。第三者への事業承継は自身のみで進行することも可能ですが、買収候補者(企業)の数や、複雑な交渉や契約書の作成など、事業承継の専門家に依頼することがおすすめです。
事業承継の専門家は、以下の条件を踏まえて探すと良いでしょう。
当てはまる条件が多い専門家ほど、自社事業の承継先を見つけてきてくれる可能性が高くなります。依頼する専門家が決まったら、事業承継支援に関するアドバイザリー契約を締結します。
実際に事業承継の話を進めていく前に、専門家の協力のもと、自社の通所介護事業の適正な事業価値を算定することで、大体どれくらいの金額で承継することができるのかを把握できます。事業承継の話を進めてしまう前に算定を行うことで、莫大な時間と労力をかけて相手先を見つけたにもかかわらず、想定未満の金額しか提示されなかったという状況を避けることができます。
企業(事業)価値の算定は、料金が発生する専門家も少なくありませんが、CBパートナーズでは無料で行っております。ご希望の場合はお気軽にご相談ください。
事業のシナジーや事業の立地、希望価額などを鑑みて、譲渡先(買収候補)をリストアップしていきます。まずは、リストアップされた候補にどの会社の事業かがわからない状態(ノンネーム)で打診し、前向きに検討してくれる候補先を絞り込みます。その後、事業を譲渡する経営者と専門家とで話し合い、情報を全て開示して本格的に交渉を開始する買収候補先を選定していきます。
事業承継の専門家の協力を得ながら、将来の展望や企業文化、事業承継に対する熱量などを勘案して、譲渡するデイサービスを適切に運営してくれそうな相手を見つけていきましょう。この段階では、複数の買収候補先と同時並行で進めても問題ありません。
次に、譲渡する側の企業の経営者と譲受する側の企業の経営者が実際に会って、話をします。専門家も同席し、双方の経営陣と円滑なコミュニケーションを取りながら交渉が合意に近づくように支援します。
TOP面談と呼ばれるこのプロセスでは、双方の企業風土や経営者の人となりの理解を中心としたコミュニケーションが行われます。TOP面談を経て問題がなかった買収候補先と条件を交渉していくのが一般的な流れです。
双方の合意がまとまったら、まずは基本合意(契約)書の締結を行います。この段階では、事業の譲渡・譲受に関しての法的拘束力はありませんが、事業承継の基本方針や相手先の選定が固まったという意味で合意書が作成され、次の段階へと進行していきます。
デューデリジェンスは、買収する側が譲受対象である事業や企業に関しての情報を徹底的に調査し、「本当に買収してもいいのか?」を判断するプロセスです。デューデリジェンスは財務、法務、人事などの経営のあらゆる側面で行われ、潜在的なリスクや課題点がないかを洗い出していきます。
どの程度、どの側面でデューデリジェンスを行うのかは買収企業によってさまざまであるため、事前にすべてを対策することは難しいものではありますが、誠実に対応していくことが重要です。デューデリジェンスの状況によっては、事業承継の話自体が破談になることもあり得ます。最終合意に向けて、慎重かつ丁寧に対応していくようにしましょう。
デューデリジェンスの結果を踏まえ、詳細な条件をすり合わせた最終合意契約を締結します。最終合意(契約)書は、法的拘束力を持つため、この段階での契約内容に合意することは事業承継を実行することに等しくなります。
最終合意(契約)書の内容は将来的なトラブルにもなりかねませんので、専門家とも密な連携をとり、慎重に内容を精査していきます。
最終合意(契約)書を双方が確認し、契約書を締結したら、資金や事業運営に必要な資産の移転や法的な手続きを完了させ、事業承継プロセスが完了します。ただし、クロージング後も事業のスムーズな統合と権利移転のために、従業員や顧客への説明などの対応が求められることは覚えておきましょう。
また、契約内容によっては譲渡後も事業運営のために、経営者が残る場合もあるため、トラブルにならないように注意が必要です。
デイサービスのM&Aを進めるにあたり、売り手側は以下の点に注意して、進めることが重要です。
事業譲渡の場合、介護事業の許認可は自動的に引き継がれません。売り手は「廃止届け」を、買い手は「新規申請」を提出する必要があります。
従業員との雇用契約や利用者との契約は、個別に再契約が必要となります。
不動産など、移転する財産については個別の権利移転手続きが必要です。
買収後に隠れた問題が発覚するリスクがあるため、専門家を通じて慎重なデューデリジェンスを行うことが重要です。
買手は人材確保を目的にM&Aを行っている場合も多くあります。そのためM&A後、人材の流出しないよう、従業員のモチベーション低下や離職のリスクに備え、適切なフォローが必要です。
売り手は、急ぐ事情がある場合に低価格での売却を強いられる可能性があるため注意が必要です。
M&A仲介業者の選定には慎重を期し、契約内容(特に双方代理、専任契約、報酬等)をよく確認する必要があります。また介護業界は特性があるため業界に強い仲介会社を選定するようにしましょう。
社会福祉法人が運営するデイサービスのM&Aを行う際、株式会社と社会福祉法人では、M&Aの手法や価額の考え方が異なるため注意が必要です。社会福祉法人のM&Aは、所轄官庁の関与が強く、法的拘束が厳しいため、専門家の協力が不可欠です。
以上の注意点を踏まえ、デイサービスのM&Aを成功させるポイントを説明します。
入居率や稼働率、サービスの質、人材、設備など、事業の現状を細かく分析します。問題点があれば、可能な限り対策を講じておくことが重要です。これにより、高額での売却が可能になる可能性が高まります。
稼働率が良くても収益性が悪い場合があるため、入居者の属性に注意を払います。例えば、介護度の低い入居者が多い場合、収益性が低下する可能性があります。医療機関との連携や入居者の入居ルートも評価ポイントとなります。
買い手企業にわかりやすい強みやアピールポイントを主張できれば、契約がスムーズに進みやすくなります。自社の特徴や競争力を明確に示すことが重要です。
M&Aを見据えて、早い段階から計画的に準備を進めることで、スムーズな承継が可能になります。急な売却は避け、十分な時間をかけて準備することが大切です。
M&A後の従業員の処遇や雇用条件について、十分な配慮と説明が必要です。従業員の不安を軽減し、モチベーションを維持することが、円滑な事業承継につながります。
急ぐ事情がある場合、低価格での売却を強いられる可能性があるため、適切な価格設定が重要です。市場価値を十分に把握し、自社の価値を適切に評価することが大切です。
買手側のデューデリジェンスに適切に対応し、隠れた問題がないよう準備することが重要です。透明性を確保し、信頼関係を構築することで、スムーズなM&Aが実現できます。
3年に1度改定される介護報酬改定が事業価値に与える影響を十分に検討する必要があります。このタイミングを考慮しながらM&Aのスケジュールを組み立てることが重要です。
弊社がこれまで支援したデイサービスの承継先は多くありますが、その中でも特に住宅型施設に併設している施設では利益率が高いため、より高い評価がつく傾向があります。その理由の一つは利用者の平均介護度が高くなること、もう一つは安定して利用者の確保ができるため稼働率が増減しにくいことが挙げられます。たとえデイサービス1事業所であったとしても住宅型施設と併設の場合、2億円以上での譲渡も複数の事例がありますので、統廃合の多いデイサービスの中でも需要のある施設形態であるといえます。
では実際にデイサービスのM&A事例を紹介いたします。
ご相談の経緯
小規模デイサービスを運営されている企業様から、稼働率が悪いため切り離したいとのご相談を頂きました。しかし当時の状況では譲渡が難しいと判断したため、稼働率を上げてから譲渡することを提案させていただきました。相談から1年後、稼働状況が良くなったことから再度譲渡に向けて動き出しました。
買手が譲受した決め手
稼働率が7割程度だったため、まだ伸びしろがあることや譲渡時点でも利益が確保できていたことから譲受を決心されました。
承継のポイント
売却後、売り手様は不採算部門であった介護事業を切り離すことができ、法人の経営状況が改善することができました。
ここまで、デイサービスのM&Aに関するメリット・デメリットや事業承継完了までのプロセスについて紹介しました。これまで運営してきた事業を第三者に譲渡するという決断は簡単なものではありません。だからこそ、事業の運営継続ができている間に検討が必要です。
デイサービスのM&Aは、介護業界という特殊な事情や事業の特性などを理解している専門家に支援を依頼しないと、トラブルに発展することもあります。
例えば、事業承継に際して役員が引退する場合、退任予定の役員がどういった資格を持っていて、管理者等の役職として行政に届出をしているかという事に注意し、後任の人材を準備する必要がありあます。
万が一、行政の定める人員基準を満たすことができなかった場合は、承継後に行政からペナルティを受ける可能性があります。特に、退任予定の役員が看護師で譲受側に代替人員がいない場合、新たに周辺の訪問看護事業所と提携をしなくてはならないため注意が必要です。
当社は、デイサービスの承継事例があり、買収候補企業様から多数のデイサービスの買収希望をいただいております。
自社のデイサービスの価値が知りたい、事業の譲渡に興味があるなど、どんな些細な内容でも構いませんので、気になることがありましたら、お気軽にお問い合わせください。
作成日:2024年1月30日