M&Aを行う際に、買収事例比較方式により買収価格を算出するケースがあります。
詳細な数字情報が開示されている上場企業では、買収事例比較方式の利用のハードルは低いものの、未上場企業や病院では利用できるケースはまだ限られています。
上場企業のM&Aで利用されることの多い買収事例比較方式について、その内容を解説いたします。
買収事例比較方式とは
買収事例比較方式とは、M&Aの際に利用される買収価格算定方法の1つです。
過去のM&Aにおける買収価格を参考値として、買収価格を計算する方法となります。
国内でも上場企業から未上場企業そして病院に至るまで、企業成長や事業承継の手段として数多くのM&Aが行われ、様々なM&A事例の蓄積がなされています。
過去のM&A事例やデータの蓄積がなされた結果、様々なM&Aにおいて買収事例比較方式の活用ができるようになりました。
病院の買収事例について
上場会社同士のM&Aの場合、買収側・被買収側いずれも買収価格の算定等の情報は開示されます。よって他社事例の収集は容易です。
一方で病院の場合、上場会社と異なり他の病院の買収事例について、情報が開示されることは殆どありません。尚、未上場会社の場合も同様です。
ただ、病院のM&Aは過去に実際に行われており、手掛けた経験のあるM&A会社には、病院のM&Aデータの蓄積がなされています。
よって買収事例比較方式により病院のM&Aを検討する際は、過去に病院のM&Aを手掛けた経験のあるM&A会社の協力を得ることで、客観的な買収価格算定が可能となります。
買収事例比較方式における算定方法
買収事例比較方式における算定方法について、具体的には下記の方法が存在します。
- 買収事例の買収価格倍率の平均を求める
- 最も類似していると思われる事例の買収価格倍率を用いる
それぞれの解説に移りましょう。
買収事例の買収価格倍率の平均を求める
国内でも既に数多くのM&Aが行われています。
買収事例比較方式では、過去に行われたM&Aにおける、EBITDA倍率などの平均値を買収価格の算定に用いるケースが多くなります。
類似の規模や類似の業務内容の買収事例を参考に平均値を算出することで、関係者が納得しやすい買収価格の算定が可能です。
最も類似していると思われる事例の買収価格倍率を用いる
また現在の案件に最も類似している過去の買収事例を取り上げ、同様のEBITDA倍率などを用いて買収価格の算定をすることも可能です。
上記の平均を用いる方法に比べ、より実態に即した買収価格の算定ができます。
ただし類似の事例を採用の場合、対象事例がそもそも類似の事例として適切なのか、関係者の間で議論となる可能性もあります。
買収事例比較方式のメリット
続いては、買収事例比較方式を利用するメリットを紹介していきましょう。
主に下記2点があります。
- 過去の買収事例をもとにしているので、説得力が備わる
- 買収事例の詳細や数値が正確であればあるほど、信頼性が高まる
それぞれ見ていきます。
過去の買収事例をもとにしているので、説得力が備わる
買収事例比較方式では、過去に行われた買収事例をもとに買収価格が算定されます。
また平均的な事例や類似の事例を参照するため、極端なケースや数字が必然的に除外されます。
よって過去の事例に照らし合わせて、当たらずとも遠からず、という数字が算定されるため、関係者に対する説得力が備わります。
買収事例の詳細や数値が正確であればあるほど、信頼性が高まる
買収事例比較方式では、他の事例の内容や数字が正確である程、対象企業の買収価格算定の信頼性が高まります。
ただし上場企業を除けば、M&Aの詳細なデータの開示は殆どなされていません。
よって未上場企業や病院の場合は、一般的に開示されている情報のみでは他事例の詳細な数字の把握は困難です。
しかしM&A会社の協力を得て、様々な過去事例の数字情報等を踏まえることができれば、買収価格算定の信頼性を高めることができます。
買収事例比較方式のデメリット
一方で、買収事例比較方式を採用するデメリットとしては、下記があげられます。
- 過去の買収事例に特別な事情が存在した恐れがある
- 類似の事例を探すのが難しい
- 買収事例の詳細や数値の正確性がつかみにくい
こちらについても詳しく見ていきましょう。
過去の買収事例に特別な事情が存在した恐れがある
M&Aは基本的に、各企業によってケースバイケースの部分が多数あります。
よって最終的に実行されたM&Aにおいても、詳細を見るとイレギュラーな面が存在するケースがあります。
買収事例比較方式を採用して買収価格の算定を行う際に、特殊事情を考慮して買収価格が算出された事例が入る可能性は否定できません。
それでも多数の買収事例を参考に平均値を利用する場合は、それほど大きなリスクとはなりません。
しかし少数の類似事例を参考とする場合は、特に注意が必要です。
特殊要因を踏まえ買収価格の算定がなされた可能性も考慮して、参考事例の採用の可否判断が必要です。
類似の事例を探すのが難しい
様々な事例のM&A が行われているものの、企業は独自のサービスや様々な個性を持つ存在です。
更に病院の場合は、M&Aの絶対数自体が企業に比べ少ないため、買収事例比較方式を採用する際に、類似の事例を探すのが難しいケースもあります。
実際に特殊な事業を手掛ける企業では、過去に類似のM&Aの事例がなく、買収事例比較方式の採用ができないケースもあります。
買収事例の詳細や数値の正確性がつかみにくい
上場企業は投資家に対し決算数字などの開示を行うため、買収事例比較方式を利用の際は、上場会社としての信頼性ある数字が利用できます。
一方で未上場会社の場合は公表される数字は少なく、またその数字自体も上場企業と異なり正確性は保証されていません。
数字が嵩上げされている可能性もあるため、未上場企業や病院の場合、他の買収事例の詳細や正確性がつかみにくい、というデメリットがあります。
将来の財務数値をもとに買収価格倍率が算出された可能性がある
企業買収の際は、過去の決算数値のみならず将来の事業計画を踏まえて買収価格が算定されることも一般的です。
よって参考とする買収事例においても、過去の決算数字のみならず将来の事業計画も加味して買収価格の決定がなされた可能性があります。
その場合、過去の決算数字の観点のみから見れば、買収価格は割高となります。
他社事例を参考とする際は、将来の事業計画が買収価格にどの程度反映されているのか、という点も注意が必要です。
どこまで類似性を求めるのかが重要になる
M&Aでは、各案件でケースバイケースの部分が多い、という点が大前提として存在します。しかし過去のケースを参考に対応を迫られる場面もあります。
買収事例比較方式はM&Aにおいて、過去事例を参考に買収価格を決定する方法です。
ただし企業はそれぞれ個性を持つ存在であり、可能な限り類似のケースを探した上での対応が求められます。
しかし企業の類似性について、殆ど同一の企業はまず存在しません。
事業内容、売上規模、利益水準などをどの程度まで柔軟に対応するか、という部分が買収事例比較方式では重要です。
買収事例比較方式は上場企業のM&Aにおいては効果的な手法
上場企業のM&Aにおいて、買収事例比較方式は非常に効果的な買収価格算定方法となります。
上場企業では既に信頼性ある決算数字の開示がなされており、また過去のM&Aについても、開示情報を探ることによりデータの取得が可能です。
また株式市場が認知する類似会社も存在するため、類似会社の選定も容易です。
上場企業のM&Aで活用されるケースが多い買収事例比較方式ですが、未上場企業や病院であっても活用は可能です。
しかしその場合、他事例の情報は限られるため、M&A会社の協力を得ながら進めるのが一般的となります。
M&Aの増加が予想される中、未上場企業や病院のM&Aも増加が予想されます。
事例の蓄積が進むことで、今後は未上場企業や病院のM&Aにおいても、買収事例比較方式の利用が広がる可能性があるのではないでしょうか。