2024年度には最低賃金が全国平均で51円引き上げられ、1,055円となりました。これは過去最大の引き上げ幅であり、労働者の生活改善に寄与すると期待されています。
しかし、この動きは介護業界に大きな影響を与えています。介護業界は慢性的な人材不足に悩まされており、最低賃金の引き上げは介護職員の待遇改善につながる一方で、事業者の経営を圧迫するという両面性を持っています。公定価格制度の下で柔軟な価格転嫁が難しい介護事業者にとって、人件費の上昇は深刻な問題となっています。本コラムでは、最低賃金引き上げが介護業界に与える具体的な影響と、それに対する事業者の対応策などについて解説しています。
2024年10月から全国47都道府県で最低賃金の引き上げが順次実施されることになりました。この改定により、都道府県ごとに最低賃金が50〜84円引き上げられ、全国平均時給は1,055円となります。全国加重平均額51円の引上げは、目安制度が始まって以降最大であり、特に介護業界においては、人件費の増加が大きな課題となるでしょう。人件費の増加は、事業者にとっては運営コストの圧迫となるため、長期的な経営戦略の見直しを余儀なくされる可能性があります。これらの課題に対して、経営者は短期的、長期的な視点からの戦略を再構築し、持続可能な運営体制を築くことが不可欠です。
出典:厚生労働省|地域別最低賃金の答申
介護業界では、人件費が収益の大部分を占めています。令和5年の介護事業経営実態調査によると、介護サービスの種類によって人件費率は異なりますが、多くの場合60%を超えています。特に小規模な事業所ほど人件費比率が高い傾向にあり、より大きな影響を受ける可能性があります。
介護事業者の利益率は既に低い状況にあり、令和4年度決算における全サービス平均の収支差率は「2.4%」と前年と比べても低下しました。
各サービスの収支差率をみると、介護老人福祉施設は2.2%減の「1%」、介護老人保健施設は2.6%減で「1.1%」となっています。一方で訪問介護は2.0%増加の「7.8%」、通所介護は0.8%増で「1.5%」となっており、各サービスにより収支状況は異なりますが、今後さらに人件費の管理が収益性に大きな影響を与えます。
出典:厚生労働省|令和5年度介護事業経営実態調査結果
2024年は介護事業者の倒産件数が過去最大となっており、最低賃金の引き上げによってさらなる倒産件数の増加が見込まれるのではないでしょうか。
出典:東京商工リサーチ|2024年1-10月「老人福祉・介護事業」の倒産調査
経営環境の悪化により、介護事業者の再編やM&Aが加速する可能性があります。
利益圧迫の点から介護分野が他産業と比べて賃上げが小幅にとどまる場合、他業界への人材の流出も考えられます。これにより人材獲得競争がさらに激化する可能性があります。
令和6年度の介護報酬改定での処遇改善加算については、すでに改善計画書を提出し、賃上げの対応を行っている事業者が多いと思われます。しかし、新たに最低賃金が見直されたことで、処遇改善加算だけでは最低賃金の上昇幅に追いつかなくなってきています。事業者は給与規定の見直しを余儀なくされ、人件費の増加により、近年の物価高も相まって利益がさらに圧迫されるでしょう。これを受け、新たな処遇改善対策や介護報酬の臨時改定・大幅な引き上げが必要だという指摘があがっています。
最低賃金が引きあがることで既存職員と新人職員の賃金差が縮小することになります。賃金差の解消に向けた取り組みとして、業務内容や経験、スキルに応じた給与体系の見直しが必要となるでしょう。一人ひとりの貢献を正当に評価して適切な給与を支給することは、職員のやる気を引き出し職場全体の活性化につながります。また、評価の透明性を高めることで職員間の信頼関係が強化され、一体感が向上するでしょう。これにより、職員の定着率の改善にも繋がることが期待できます。
最低賃金の引き上げによって、地域間の賃金格差が拡大しています。特に、地方の事業者は介護報酬が高い都市部と比べて人件費負担が重くなり、経営が厳しくなる傾向があります。2024年6月からは東京都で介護職員やケアマネジャーらへの補助事業が開始され、各自治体の動きは様々ですが、近隣県からは東京に人材が流出してしまう可能性もあるため、反発の意見もあるようです。
地域間の賃金差は、地域経済の活性化を阻害する要因となり得るため、地域の特性に応じた支援策を導入し、格差を縮小することが求められるでしょう。
地域ごとの需要や特性を分析し、それに合わせたサービス提供を行うことで、効率的な運営を実現させます。
遠隔地でのサービス提供や業務効率化のためにICTを積極的に導入することで、人材不足や地域格差の解消に努めます。
★介護業界におけるICT活用に関する無料セミナー現在受付中★>>>詳細はこちらから
地域包括ケアシステムに積極的に参画し、地域の他の事業者や医療機関と連携することで、効率的なサービス提供体制を構築します。
2024年は、介護事業者の倒産件数が過去最大であるとのデータが示されています。この状況を受け、経営者は早急な対策を考慮する必要があります。
近年、コロナ禍、物価高、人材不足などといった問題に迅速に対応し、リスク管理を徹底することが求められますが、介護業界の競争が激化する中、事業の多角化や新たなビジネスモデルの導入により収益源を増やし、経営の安定化を検討する必要があります。
出典:東京商工リサーチ|2024年1-10月「老人福祉・介護事業」の倒産調査
経営が厳しい状況では、一人で抱え込まず、専門家に相談することも重要です。M&Aの検討も選択肢の一つとなります。重要なことは経営状況が悪化する前に、できるだけ早く専門家に相談し、M&Aの検討を始めることです。M&Aは、適切なパートナーとの連携により施設の競争力を高め、持続可能な成長を促進します。
介護施設が検討すべきM&A戦略には、以下のようなものが考えられます。
介護業界の深刻な人材不足に対応するため、同業者同士のM&Aを通じて、スキルやノウハウを持つ人材の獲得を目的とします。
複数の事業所を運営している場合、不採算事業を切り離すことで経営効率を高めることができます。
シナジー効果を求めて、関連する異業種とのM&Aを検討することも有効な戦略です。
最低賃金の引き上げにより、介護業界は大きな転換期を迎えています。経営者は迅速な対応と戦略的な判断が求められます。
経営状況が悪化する前に、M&Aの検討をすることも事業を持続可能なものにする有効な手段の一つです。
M&Aによる売却・買収をお考えの方は、ぜひ当社にご相談ください。
介護・福祉業界に特化した経験豊富なアドバイザーが、貴社の事業を最大限に活かすパートナーを見つけるご支援をいたします。