訪問看護事業は、看護師が利用者の自宅を訪問し、個々の病状に応じた看護サービスを提供する事業です。
近年、自宅で最期を迎えたいと希望する高齢者の増加が見込まれることから、M&A市場において需要が高まっています。M&Aによる訪問看護事業の譲受には、従業員の採用・育成にかかる労力の軽減や利用者の新規獲得にかかる時間の短縮といったメリットがあり、新規で事業を立ち上げるよりも効率的に事業を開始することが可能となります。
本コラムでは、訪問看護事業の新規立ち上げの流れやM&Aによる譲受のメリットとデメリット、訪問看護事業のM&A事例について詳しく解説します。
病院での長期入院を避け、自宅での療養を希望する患者が増える中、訪問看護はその選択肢として重要な役割を果たしています。在宅医療は患者のQOL(生活の質)の向上にも寄与するため、今後もその需要は増加すると予想されます。そのなかでも訪問看護への新規参入が増えています。
令和6年4月時点での、訪問看護の事業所数は17,329件で、前年比110%の推移となり、過去最高の事業所数を記録しました。また新規開設の事業所も2,437件の過去最高の件数となりました。
出典:一般社団法人全国訪問看護事業協会|令和6年度訪問看護ステーション数
訪問看護事業所が増加する一方で、競争も激化しています。その結果、事業を続けることができずに廃止する事業所も一定数存在します。令和6年4月時点での廃止は701件、休止は291件といずれも過去最高の件数となり、合計すると前年比で125%でした。この数字からも訪問看護の経営の難しさが伺えます。
競争が激化する中で成功するためには、他の事業所との差別化が重要です。
訪問看護事業所が競争に勝ち残るためには、質の高いサービス提供と顧客満足度の向上が不可欠です。また、地域に密着したサービス展開や、特定の疾患に特化した専門的なケアを提供することも有効な戦略です。さらに、従業員の教育と研修を充実させることで、サービスの質を向上させることができます。
出典:一般社団法人全国訪問看護事業協会|令和6年度訪問看護ステーション数
訪問看護事業の立ち上げを行う場合は、以下のような流れで行います。
開設の目的や方針を明確にします。地域の特性、既存の訪問看護ステーション数、医療機関数、福祉サービスの供給量などを確認し、事業の意義や理念を決定します。また設備整備計画、人員計画、資金計画、サービス計画などを含む詳細な事業計画を立てます。3〜5年の中長期経営計画も作成する必要があります。
訪問看護ステーションの運営には法人格が必要です。株式会社や合同会社などの法人を設立します。すでに法人がある場合は、定款や寄付行為の変更を行う必要があります。
市町村の介護保険や老人医療の担当者、および都道府県の担当者と面談し、開設意向や運営方針について説明し、協議を行います。
初期投資として設備資金と運転資金を確保します。具体的には、事業所の開設費用、医療機器や備品の購入費用、人材の採用費用などが挙げられます。
事業に必要な広さと適切なスペースを持つ事務所を契約します。必要な設備、備品、消耗品を準備します。
常勤換算で2.5人以上の保健師、看護師または准看護師の配置が義務付けられています。そのほか理学療法士、作業療法士などの専門職が必要となります。特に、訪問看護の経験がある人材は貴重です。人材確保の方法としては、求人広告の掲載や人材紹介会社の利用、インターンシップ制度の導入などが考えられます。
都道府県知事または指定都市・中核市の市長に指定申請を行い、人員基準、設備基準、運営基準を満たしていることを確認します。こちらは都道府県によって準備する書類や指定が下りる期限が異なるため、事前に確認しておくようにしましょう。
申請が承認されるまでは通常1~2か月前後と言われています。指定が下りるまでの間、利用者確保のため地域包括支援センターへの営業や、宣伝、スタッフへの研修を実施することで、開設後スムーズに事業を始めることができます。
指定を受けた後、「指定通知書」が届きます。すべての準備が整ったら、訪問看護事業を開始することができます。
訪問看護事業を新規で立ち上げるメリットとしては次の通りです。
M&Aで訪問看護事業を譲受し、立ち上げるメリットは次の通りです。
すでに訪問看護事業をおこなっている場合は、ドミナント展開が可能になることがメリットとして挙げられます。ドミナント展開とは、特定の地域に複数の事業所を展開することを指します。これにより、地域内での認知度が高まり、顧客の信頼を得やすくなります。さらに事業所を集約することで、事務作業や物流の一元化、人材の共有などが可能となり、運営コストの削減や効率化が図れます。
行政の事務手続きは都道府県によって異なりますが、一般的な手続きは次の通りです。
訪問看護ステーションは介護保険法に基づく指定事業者であるため、譲受後に都道府県または指定都市・中核市の介護保険担当部署に、指定事業者の変更内容に応じた書類を準備(法人名称変更、代表者変更など)を提出する必要があります。
管理者が変更になる場合は、管理者変更の届出を行い、新管理者の資格証明書のコピーなどが必要となります。
法人名や事業所名が変更になる場合は、運営規程の変更が必要です。変更後の運営規程を作成し変更届とともに提出する必要があります。
従業員に対してM&Aの説明会を実施し、雇用契約の継続または新規締結を行う必要があります。
利用者およびその家族に対して、事業承継の説明と今後のサービス提供について通知します。
連携している医療機関や介護事業所に対して、事業承継の連絡を行います。
事務所賃貸契約、リース契約、保険契約などの名義変更手続きを行います。
事業所の開設許可や指定の変更手続き、介護報酬の請求に関する変更手続きを行います。
M&Aで訪問看護を譲受した際の手続きは、M&Aのスキーム(株式譲渡、事業譲渡など)によって異なります。また、地域によって必要な手続きや書類が異なる可能性もあるため、あらかじめ管轄の自治体に確認するようにしましょう。
やはり看護師の採用と定着が最重要課題です。常勤換算で2.5人以上の看護師が配置義務となっているため、遵守しなければなりません。人材を定着させるためには、魅力的な労働環境や福利厚生を整備し、待遇面において他施設との差別化を図る必要があります。また定期的なストレスチェックや業務の見直しを行い、働きやすい環境を作ります。採用においては看護学校や医療機関との連携強化、紹介制度をつくり既存スタッフから人材を獲得することも考えられます。
訪問看護業界の競争に打ち勝つためには、差別化戦略が重要です。エリア競合との差別化を図り、顧客から「選ばれる事業所」になる必要があります。差別化の方法としては、専門的なケアの提供や、地域に特化したサービスの展開が考えられます。また、最新の医療機器や技術を導入することで、他の事業所との差別化を図ることも効果的です。さらに、サービスの質を向上させるために従業員のスキルアップや、モチベーション向上を図るための教育・研修制度を充実させることも重要です。
事務作業を効率化し、生産性を向上させるためには、ICTの活用は欠かせません。電子カルテによる情報共有の効率化や、スケジュールソフトを活用し、訪問計画を最適化することで、訪問件数を増加させ、稼働率を高めることにつながります。
医療機関や介護施設との連携を深め、新規利用者の獲得につなげます。医療機関との関係構築の例として定期的な情報交換の場を設けたり、退院時のカンファレンスに参加するなどが挙げられます。また地域イベントへの参加、健康教室などを開催することで、地域への認知度を広めることができるでしょう。
訪問看護事業の成功には、顧客満足度の向上は欠かせません。顧客満足度が高い事業所は、リピーターの獲得や口コミによる新規顧客の紹介が期待できます。顧客満足度を向上させるためには、質の高いサービスの提供が必要です。具体的には、迅速な対応や丁寧なケア、患者のニーズに応じた柔軟な対応などが求められます。また、定期的なアンケート調査を実施し、顧客の声を反映させることも重要です。
次に、当社がご支援させていただいた2つのM&A事例をご紹介いたします。
これらの事例では、『経営への不安』と『人材不足』が主な理由となり、M&Aの実施に至りました。
売主様は創業者ではなく2代目でした。 訪問介護事業を引き継いだ経緯として、先代の急逝ということもあり、望んで承継されたわけではなく、経営について悩みを抱えながら運営されていたようです。 特にコロナ禍による人員の問題などもあり、今後の経営について不安を抱き譲渡をお考えになられました。 当初は他社のM&A仲介で譲渡のお話しを進めていましたが、途中で破談になり、弊社にご相談いただきました。
◆スピード感ある譲渡の実現
売主様は前回、M&A仲介との交渉で時間がかかり破談となったという経緯がありました。非常にスピーディーな譲渡を希望されていたため、早期に進行できる譲受候補をご提案いたしました。
また譲受側も訪問看護事業を運営しており、事業形態に精通されてたことから、デューデリジェンスを効率的に実施することができ、結果ご相談いただいてから約3ヶ月で承継を実行することができました。売主様は譲渡後、1ヶ月間の引継ぎ期間を過ごした後、現場から離れ、現在はゆっくり過ごされております。
訪問看護ステーションの代表者である売主様は、管理者を務めていた看護師の退職をきっかけに、このまま運営を続けることが困難になると判断し、譲渡を検討されました。
◆譲受側・譲渡側の人材状況
譲受側は十分な看護師の人員を確保し、人材育成においても順調に進行しておりましたが、一方で管理者の候補者を育てても、管理者ポジションが空いていないといった状況でした。それに対し売主側では、譲渡の交渉中に管理者が予定よりも早く退職されるというトラブルが発生し、売主側の管理者が不在となっていました。そのため譲渡手続きが完了する前であったにもかかわらず、譲受側が売主側へ管理者を派遣することで、両者の状況が人員配置において相互に補完的な関係となり、早々に管理者を入れ替えることができました。
ここまでM&Aによる訪問看護の立ち上げについてメリットや事例を解説してきました。
M&Aを通じて訪問看護を譲受することで、迅速かつ効率的に事業を開始し、安定した事業運営の実現が可能になります。ただし、M&Aにはデューデリジェンスや契約交渉など専門的な知識が必要となるため、M&A専門家のサポートを受けることが重要です。また、譲受後の事業統合や文化の融合にも注意を払う必要があります。
新規立ち上げとM&Aのそれぞれのメリット・デメリットを十分に検討し、自社の状況や目標に最も適した方法を選択することが、成功への近道となるでしょう。
当社では訪問看護の譲受、または売却のご相談を無料で承っております。
訪問看護事業の譲受に興味がある、運営されている訪問看護事業の価値、運営法人の価値が知りたいなど、どんな内容でも構いませんので、気になることがございましたら、お気軽にお問い合わせください。