今回のコラムでは、社会福祉法人の合併の実例をご紹介させていただきます。
お話をお伺いしたのは、東京都・神奈川県・埼玉県の23の自治体で152サービスを展開されている、
社会福祉法人奉優会様です。
奉優会様は、社会福祉法人の経営統合において先進的な取り組みを行っている法人として知られています。特に注目すべき点は、小規模法人が大規模法人と統合することによる事業継続の実現です。
このような取り組みは、社会福祉法人が直面する経営課題の解決策として、業界内で注目を集めています。
そこで今回、奉優会様で既存施設の支援及び合併・事業承継をご担当されている染谷様に
社会福祉法人の事業承継・合併の実態と効果について、事例を交えながらお話をお伺いしました。
社会福祉法人奉優会 統括部長
染谷 和匡様
【プロフィール】
株式会社やさしい手で在宅介護事業を経験したのち、
現在、社会福祉法人奉優会様の特養事業本部営業推進統括室にて、
既存施設の支援及びM&Aの担当をされています。
~社会福祉法人 奉優会様について~
本部所在地:〒154-0012東京都世田谷区駒沢1-4-15 真井ビル5階
事業内容:特別養護老人ホーム・ケアハウス・短期入所生活介護通所介護・認知症型通所介護・高齢者センター・居宅介護支援事業・地域包括支援センター・認知症対応型共同生活介護・小規模多機能型居宅介護
URL:https://www.foryou.or.jp/
法人概要:
社会福祉法人奉優会は、1999年(平成11年)に設立され、株式会社大橋サービス(現・株式会社やさしい手)の代表取締役社長だった香取真恵子氏の寄付により創設されました。介護保険制度の発足に伴う業態転換を見据え、介護を支えていた従事者たちの雇用を守り、安心して暮らせる環境を創ることを目的としています。初代理事長には香取勲氏(日大医学部卒)が就任し、著名な医療・福祉の専門家が理事に名を連ねました。「新しく夢のある社会を、住み慣れた地域に創ること」を理念に掲げ、介護・福祉・医療・人材事業が一体となったサービスを展開しています。
まず1点目の理由として、奉優会は承継元法人の地域で、介護事業において「終の棲家」といわれる特別養護老人ホームの運営をしていなかったことがあげられます。その地域ではすでに通所介護を何事業所か展開していましたが、地域の社会福祉に貢献するため、承継させていただきました。
2点目は、後継者不在と人材不足です。
承継元法人では介護職員が多く退職されたことで、人材不足という問題がありました。スタッフを増やす必要がありましたが、1法人1施設で運営されている法人でしたので採用のノウハウが足らず、さらには人材不足で新規の入居を一旦ストップしている状態に陥っていました。そこで人材不足をご支援できればということで、引き受けたのが経緯です。サービスを展開していない地域でも、従業員の通勤(移動)が可能であれば、法人内から人材を補うことはできます。介護業界において「人材」はすべてだと思っています。
やはり人材についてです。当時は介護職員が足りなかったので、残っていただけた職員はかなり疲弊していました。それでもなんとか合併後も継続して勤務していただくための手段として、職員の処遇については法人内で何度も打ち合わせを行いました。
例えば合併は「会社が変わる」ということですから、有給は通常ゼロになってしまいます。そこを残数を引き継ぐ形にしました。
他にも、給与面では現時点での年数に属した年収形態を提案しました。
もう1点は、地域の信頼の回復です。合併後に地域包括支援センターや居宅支援事業所へ挨拶回りへ行った際、過去に介護職員が多く退職したことや、入居を一旦ストップしていたことで、施設の評価が良くない状況にありました。一度失った信頼を取り戻すのはなかなか大変なことですので、これからどのように運営するかを事業計画書に落とし込み、どうやって信頼を取り戻すかをかなり考えましたね。
法人全体にもたらす合併の効果としては、資産が増えることが挙げられます。もちろん有形資産だけではなく、人材やノウハウといった無形資産を得られることも大きな効果だと思います。例えば、合併後も継続して勤務してくださった方々と仕事をする中で、今までになかったサービス提供の新たな観点を発見することもあります。
また、キャリアアップという面でも大きな効果を感じています。
職員から「特養の介護職を経験したのち、デイサービスでも経験を積みたい」「ケアマネジャーをしたい」といった声があっても、承継元の法人は1法人1施設でしたので、キャリアアップが叶わず退職せざるを得ない状況にありました。ですが特養を承継した3年後、隣接して認知症グループホームの運営を開始したことをきっかけに、合併前から勤務されている職員が特養からグループホームへ移動し、キャリアアップにつなげることができたんです。
▽特養に隣接して開設したグループホームのお写真
合併後の難しいと感じる点については、やはり方針や運営の仕方が変わることです。
とても細かいですが、記録の取り方ひとつとってもそうですし、利用者様のサービスを提供するときの業務フロー、評価制度もすべて変わります。変化を理解していただいた上で、新しい運用で成果を出すとなると、軌道に乗せるまで2年ぐらいかかりますから、それまでの間、運営が難しかったですね。
また、施設の老朽化の問題についても難しいと感じています。承継元の特養は建設から14年経っていましたので、老朽化が進んでおり、例えばエアコンが頻繁に故障したり、給湯器が故障したりと、機器類関連の故障・修繕がものすごく発生した時期でした。今となってはいい勉強ですが、もし今後承継のお話があったときは、建物はもちろん、機器類の年数の確認や修繕にどれくらいかかるか考えておく必要があると思いました。
法人の理念や規定などを理解している人材を、合併後の施設に配置することだと考えます。
施設の方針展開・運営を軌道に乗せるという観点からみても、施設長クラスや管理職経験がある人材1~2人は現場に入っていただくようにしています。
また、奉優会は様々なエリアでサービスを展開していますので、他の施設を見学することが可能です。働き方や運営を実際に見てもらうことで、合併前から勤務するスタッフにとって新たな刺激を受ける機会になりますので、このような環境づくりも大切だと思います。
さらに奉優会では施設の取り組みを評価・表彰する「事例研究発表会」という取り組みを、
年1回開催しているのですが、現場スタッフを評価する仕組みはとても重要だと感じます。
合併手続きでは様々な書類の提出が求められます。例えば理事会の議事録はコピーをとってファイルにまとめて提出する必要があるのですが、もう少しペーパーレスが進み、簡素化できる仕組みになればと思います。
また、社会福祉法人の合併は全国でも年間平均で20件ほどと事例が少ないため、行政の担当者によって書類へのご意見・ご指導の内容が違うことがあったり、登記手続きで厚生労働省と法務局で求められることが異なったりすることがあります。ですので全国で内容の統一や、行政間での連携がうまくできてほしいと思います。
合併手続き簡素化の見直しはもちろんですが、昨今問題となっている”法人の私物化”を正す見直しになればと思います。
社会福祉法人の合併・事業譲渡は、株式会社とは違い、対価を発生することができませんが、
実際には不正な売買による事件も発生しています。
例えばですが、所轄庁が理事長の交代の背景を詳しく監査(検討)することになれば、事件も起こらず
合併はますます進んでいくのではないかと思います。
また今回の見直しでは、理事の退職金に関するルールが明らかになるようですが、指針ができることで社会福祉法人の合併・事業譲渡は間違いなく進むと思います。ただ国が合併を推奨する一方、人的資源等がない社会福祉法人同士で合併・事業譲渡をした場合、合併後に健全な運営ができるかが懸念されますので、その点について引き続き注視していきたいと思います。
結論からいうと増えると思いますし、増えた方がいいと思います。
まず増える理由として、ほかの産業にも当てはまることですが、やはり後継者不足・人材不足の影響があると思います。経営の観点からみても、介護機器を導入する手段として、合併や事業譲渡が増えるのではないかと思います。実際、業務効率向上のためICTを導入する施設が増えてきてはいるものの、ICT導入の補助金が自治体によって違うため、補助金が出ても少額の場合、機器を入れたいけど入れられないといった法人も多く存在します。介護機器による業務効率向上は、現場の負担軽減になりますので、人材の採用や定着の手段としても有効です。
また合併や事業譲渡の増加が望ましい理由として、外国人材の採用に関する可能性が開けると考えています。日本人の職員だけを雇用している法人もありますが、人材不足によりすでに限界の状況です。とはいえ外国人材をEPA・特定技能などで採用すると、費用がかかってしまうため、多くの事業者が5年後10年後の将来を見据え、外国人材の活用に関して明確なビジョンを描けていないのが現状です。このままではせっかく入居者が増えても、介護職員が足らずきちんとしたケアを提供できないといったことにもなりかねません。奉優会では施設にもよりますが外国人材が2~3割、多いところでは4割近い施設もあります。
一方で合併や事業譲渡が増えた方がいいと思いますが、合併や事業譲渡自体が目的になってはいけないと思います。最近、贈収賄事件で社会福祉法人の理事長が逮捕されたといったニュースもありましたが、本来は現場で働く職員・利用者・ご家族様が安心して利用できる、働けるという施設にすることが何よりも重要なことです。法人を”私物化”することだけはしてほしくないと思います。
本コラムでは、社会福祉法人奉優会様から実例をもとに合併についてのお話をお伺いしました。
社会福祉法人奉優会様の合併の取り組みは、介護業界における重要なモデルケースを示しています。地域のニーズに応じた特養の提供や、人材不足への対応としての合併は、社会福祉法人が直面する課題を解決する一助となっています。合併によって得られる資産やノウハウ、職員のキャリアアップの機会は、法人全体の成長を促進し、質の高いサービスの提供につながります。しかし、合併や事業譲渡が目的化することなく、現場での利用者や職員の安心を最優先に考えることが、今後の持続可能な運営には欠かせません。奉優会様の事例は、他の社会福祉法人にとっても貴重なケースとなるのではないでしょうか。
CBパートナーズでは社会福祉法人のM&A・事業承継の手法・手続き、譲受候補先、事例などのご相談を承っております。どんな些細なことでも構いません。お気軽にお問い合わせください。