医療法人の経営に関わる中で「MS法人」という言葉を耳にすることがあるかと思います。
医療法人は医療法で、売店などの運営や、医療機器や医薬品等の販売といった営利活動は禁止されています。そこで、医療法人が関連法人としてメディカルサービス法人(MS法人)を設立し、不動産賃貸や売店の運営などの事業を行っています。本コラムでは「MS法人」を医療法人と比較しながら解説していきます。
MS法人とは「メディカル・サービス法人」の略で、医療法によって医療機関ではできない、営利事業の運営にかかわる法人のことを指します。一般的な株式会社、法人と同じ扱いで設立がされます。
MS法人の業務で多いのは、以下です。
MS法人は医療法人ではできないこれらの業務を、「受託」という形で行うことができます。
医療法人とは、病院、医師もしくは歯科医師が常時勤務する診療所、又は介護老人保健施設を開設する目的で、医療法の規定に基づき設立される法人です。(医療法第39条)
主に病院、クリニック、介護施設などを運営し、患者や利用者に対して医療や介護などのサービスを提供します。
MS法人は主に事業分散、もしくは事業拡大を目的として設立されます。たとえば医療法人から保険請求・会計業務、医薬品・医療機器・医療器具などの仕入、管理、販売業務、人材派遣、といった業務を受託することで、利益を得ることができます。
医療法人は医療行為を行うことを目的として設立されているため、利益を追求することはできません。そのため医療法人はMS法人を設立することで、経営と診療を切り離して業務を効率化し、リスクの分散や事業拡大を図るのです。
MS法人は医療法人から業務を受託する一般法人であるため、法的には株式会社や有限会社と同じです。
医療法人には「社団医療法人」と「財団医療法人」、2種類の組織形態が存在します。
さらに社団医療法人は「持分の定めのある社団医療法人」と「持分の定めのない社団医療法人」に分けられます。
>>>医療法人の組織形態について詳しくは、こちらのコラムで紹介しています。
MS法人の設立は通常の会社と同じ手続きのため、基本的に許認可は不要ですが、
人材派遣・医薬品・医療機器の販売業務を行う場合は、薬事法、化粧品製造販売業許可などの許認可が必須となります。
MS法人の設立は基本的に以下の流れで行います。
MS法人の設立要件は以下の通りです。
医療法人の設立の手続きは自治体によって若干の違いはありますが、基本的には以下の流れで行います。
医療法人の設立には細かい条件があり、以下の要件が必須となります。
経営面のメリットとして、MS法人は医療法人より経営の自由度が高いことが挙げられます。
MS法人は一般的な法人と同じ扱いであるため、医療法で規制されている営利活動を行うことができ、事業拡大をしやすいといえます。さらにMS法人の設立により、診療と経営を分離できればお金の流れもわかりやすくなり、業務効率の改善を図ることができます。
資金調達の点においては医療法人の場合、個人事業よりも社会的な信用があるため融資を受けやすいといった点もありますが、株式や社債を発行しての資金調達を行うことはできません。一方、MS法人であれば株式や社債を発行することができ、不動産を担保に融資を受けることもできるため、資金調達の幅が広がります。
MS法人を設立することで節税効果が期待できます。所得を分散することで、所得税を抑えることができるためです。
しかしながら、医療法人とMS法人を分けたことによって余分な取引が発生し、消費税が課せられてしまうため、場合によってはMS法人を設立してもほとんど節税効果がないケースもあります。
医療法人の土地や建物をオーナーである被相続人から借りている場合、医療法人から被相続人に地代や家賃が支払われます。
支払われた地代や家賃は被相続人個人の財産となってしまうため、被相続人が亡くなった場合、多額の相続税がかかってしまうことがあります。そこでMS法人を設立し、被相続人が所有している医療法人の土地・建物をMS法人に売却すれば、賃貸料はMS法人に支払われることになるため、個人の財産となる金額を抑えることができ、結果として相続税も抑えることができます。
また、医療法人の後継者は医師または歯科医師でなければならないため、後継者がいないというケースがよくあります。しかし、MS法人では代表取締役に特別な要件はなく、医師または歯科医師以外にも承継できるため、医師であるご子息・ご息女を医療法人の後継者に、医師でない場合はMS法人の代表者にするといった形も考えられます。
MS法人と医療法人は双方が利益をもたらす存在であるため、法令に基づいて注意しなければなりません。
税務調査において医療法人とMS法人の取引に合理性、妥当性がなく租税回避のための収入分散だと判断されてしまうと、取引自体が認められず、税務否認されてしまうことがあります。とくに第三者との取引に比べて価格が高い場合は、悪質な租税回避とみなされ、多額の追徴課税を課せられる可能性があります。医療法人は公共の利益に関わる業務を行うため、税務当局の監視も厳しく、もし租税回避行為が見つかった場合は、追徴課税や罰金の対象となるだけでなく、法人の信用にも大きな影響を与えるため注意しなければなりません。
医療法人の役員が、MS法人の役員を兼務することは原則禁止です。
自治体によっては医療機関の非営利性に影響を与えることがない、または取引額が少額である場合は、例外として兼務が認められるケースもありますが、基本的には双方は取引関係にあり、利害の相反する立場となるため、代表者が同一人物であると利益相反取引とみなされてしまいます。
一方で医療法人の役員ではない医師がMS法人の代表者を兼任すること、医療法人の理事長がMS法人の平取締役・監査役になることは法律上問題ありませんが、医療法人行政の現場では兼任が認められない場合もありますので、注意する必要があります。
MS法人の社員が医療法人に出向して業務を行う場合、その社員に対して医療法人が業務命令を出すことはできません。理由としてはMS法人の社員が医療法人に出向することは「派遣」ではなく、「業務委託」に該当するからです。そのため医療法人がMS法人の社員に対して業務命令を出すと、「偽装請負」という違法行為になる可能性があるため、注意しなければなりません。
もし医療法人が直接業務指示を出したい場合は、MS法人は派遣会社として登録をし、「派遣社員」として社員を派遣させる必要があります。
平成24年10月の労働者派遣法改正により、離職後1年の間は、離職した法人への派遣が禁止されています。そのため、医療法人からMS法人に転職した社員は、離職後1年間は離職した医療法人へ派遣することができません。
近年、大手医療法人のMS法人をはじめとして、医療DX関連のMS法人も増えてきています。例えば院内のICTの整備を推進したり、電子カルテの導入サポート等を系列グループ病院で展開したりするMS法人が見受けられます。DX化が叫ばれる中、このようなMS法人の設立は今後も増えていくのではないでしょうか。
今後の医療機関の経営において最重要課題となる人材不足を踏まえ、効率的な経営の実現と同時に、持続可能な地域医療サービスの提供が求められています。医療分野以外の業務をMS法人が担当することで経営が分離され、より効率的な経営が実現されるでしょう。また、経営の透明性が高まることで、業務の透明性や評価の明確化も促進されるのではないでしょうか。
医療法人は非営利事業であるため、株式会社などの営利法人が、それらを直接経営することは基本的にできません。ただし実際には、MS法人として医業経営に関わることができます。そのため、MS法人を株式会社がM&Aで譲り受けることや、MS法人を設立して医療法人と取引を行うことが可能です。
MS法人には所得税の節税メリットがある一方、社会保険料の増大や消費税の損税なども起こりうるため、設立を考える際は、シミュレーションを行いながら慎重に判断しなければなりません。また、医療法人とMS法人との取引が不正と見なされた事例も実際に発生しているため、不正取引と見なされないよう、注意が必要です。